第20話


 

 

  二〇、死闘

  

 大明学園からすると、致命的な一発で2対0と点差を広げられた。

 しかし、八回の裏、大明打線の反撃が待っていた。一アウトでバッターは中山。

 下痢も収まり、打席に集中した。

 猿渡の快速球に必死についていった。

 猿渡の球数はすでに一三〇球、球威も多少は落ちているがスピードガンは、今だに150キロを測定している。

 カウントは2ストライク2ボール。

 甘く入った球をセンター前に弾き返した。

 打った中山は何故か、お尻を押さえている。

 続く三番、早田は粘ったが三振に倒れ、大明の頼れる四番、甲子園、三本のホームランの牟田が打席に立った。

「龍馬、必ず俺は打つ!」

 猿渡も牟田だけは細心の注意で押さえに行った。

 初球、猿渡に自己初の160キロのストレートを投げ込んだ。

 牟田は迷いなく、猿渡のストレートを完璧に捉えた。

 打球はレフトスタンドに…

 同点2ラン

 球場は悲鳴と声援で沸いた。

 九回の表、マウンドに向かう龍馬を青柳監督は引き止めた。

「福田は、もう一二〇球を超えている。

 この回までだ。

 悔いの残らないように思い切り投げて来い!」

「はい!」

 以前の龍馬だったら反抗してでも投げ抜くと言ったに違いない。

 しかし、今は、チームを信じ、又これから出てくる陸に期待していたのだろう。

 龍馬も猿渡に負けじと自己最速の160キロを連発した。

 三者連続三振でこの日、21個の三振を奪った。

 九回裏も猿渡の力投に大明打線は三者凡退で延長戦に突入した。

 青柳監督は審判に交代を告げた。

 交代のアナウンスが流れた。

「大明学園の選手交代をお知らせします。九番、ピッチャー福田龍馬君に代わりまして高橋陸君が入ります。」

 スタンドはどよめきが起きた。

「何故、福田を代えるんだ!」

「大明は試合を捨てるのか?」

 大明のアルプススタンドからも罵声が飛んだ。

「青柳らしいな…選手を大事にして勝負にこだわらない名将監督、青柳か…

 しかし、青柳はこの勝負、勝算を感じているはず!

 しかし、高橋には、これ以上活躍はやばいぞ…」

 菊池スカウトは発掘した原石が世間に知られる事を恐れた。

 スタンド全体から龍馬に惜しみ無い拍手が巻き起こった。

 華川学園のアルプススタンドからもだ。

「頼むぞ!陸。」

 短い言葉だったが龍馬から熱いエールで送り出された。

 マウンドに陸は向かった。

「おじいちゃん、俺、甲子園のマウンドに立ってるよ!」

「さすが、俺の孫だ。甲子園は凄いだろう。」

「うん、なんか、鳥肌が立ってるよ」

 陸はマウンドで投球練習を始めた。

 ボールはバックネットに突き刺さった。

「何だ、あいつ?しかも変な投げ方。少し素人ぽいぞ!」

「大丈夫か?あんなのに任せて?

 延長一〇回

 バッターは九番河合。

 陸は振りかぶり第一球を投げ込んだ。

 ボールはバッター河合の背後にそれるクソボール。

 怖いなぁ…結構、早いぞ…福田以上かも…

 スピードガン表示はコースを外れ、測定不能。

 河合は腰が引けていた。

 続くボールも大きく外れた。

 華川学園の森監督からバッターに指示を出した。

「ピッチャーはストライクが取れないぞ!振るな!」

 陸は緊張からかバランスが崩れストライクどころがキャッチャー青井も取れない。

 ストライクが一つも入らずファーボール。

 ナインはマウンドに集まった。

「今まで、シャドーピッチングしてた感じで投げてみろ!お前が部室の裏での練習を俺達は知ってるぜ!」

「うん。解った。」

「おじいちゃん、俺を助けて!」

「キャッチャーのミットだけをみろ!左足が地面に着いたらしっかり腕を振れ!力は八分だ。」

「うん。」

 バッターは一番、北条

 陸はセットポジションで、わたしの指示通りに楽に投げ込んだ。

 ど真ん中のストレート。

 スピードガン表示は138キロ

 北条は、唖然とした。

 なんて球だ!138キロ?そんなはずはない!福田より絶対に速い!

 続く二球目もど真ん中に決まった。

 北条はフルスイング、空振り。

 三球目は大きく外れ北条の顔付近を通過…キャッチャー青井は取れず一塁ランナーは二塁に進んだ。

 四球目ボールは外角いっぱいに入り北条は腰が引け空振り三振。

 華川学園の森監督は、

「こらっ!何であんな球が打てんのか!

 全てストレートだぞ!」

「しかし、あのピッチャー…」

 二番、森野

 初球、ボールは外角に大きく外れ二球目も内角を鋭くつくボール。

 三球目は、ど真ん中のストライク。怖さの為か手が出ない。

 しかし、四球、五球と外れファーボール。

 スタンドから溜息が漏れた。

「大丈夫か?やばいぞ…」

 三番、服部

 華川学園の森監督は動いた。

 服部にバントの指示。二アウト二三塁になれば、四番、龍馬からホームランを打った柏崎が必ず決めてくれる。

 服部はバントの構えをした。

 しかし、陸の投げたボールは大きく外れた。

「陸、バントをさせてアウトを取って、次の四番と勝負だ。

 キャッチャーのミットだけを見て投げな。」

「うん。おじいちゃん。」

 服部は陸の投げた球をビビりながらも一塁側に転がし、華川学園の作戦通り二アウト二三塁に進んだ。

 そして、バッターは四番、柏崎。

 龍馬、「陸、頼むぞ!」

 明美、「もう、観ていられない…」

 義男、「お父さん、助けてあげて下さい。お願いします。」

 小百合も、ただただ手を合わせて祈るばかりだ。

 もう、パスボールも許されない。

 陸はランナーを気にせず、セットポジションをやめてワインドアップで、大きく構えて青井のミットめがけて投げ込んだ。

 しかし、ボールは柏崎の顔面近くに大きく外れた。

 柏崎も陸のボールの球威と顔面近くに来た恐怖心を感じた。

 スピードガンは143キロに跳ね上がったが体感スピードは福田以上…速い。

 二球目、陸の投げ込んだ球はど真ん中に、柏崎は他のバッターと違い、ボールに恐れずにフルスイング…空振り。

 三球目もど真ん中、さすがに柏崎は辛うじてバットに当ててきた。

「陸、もう、ど真ん中はまずいぞ!最初に投げたボールが頭に残ってるはず

 外角低めに思い切り投げ込め!」

「うん。解った。おじいちゃん。」

 青井の構えたミットに首を振り外角低めに要求した。

 四球目、陸の指に引っかかったボールは、息をしてるかのように、うねりをあげ青井のミットに吸い込まれた。

 ストライク!バッターアウト!

 柏崎は、全く手が出ず反応が出来なかった。

 スタンドは一瞬、静まり、やがて歓声と悲鳴に変わった。

 華川の森監督は、

「何故、あんな簡単な球が打てん!情けない!」

 おそらく、この試合を観ている観客やスカウトまでがそう思っているが、菊池スカウトだけは陸のピッチングに理解していた。

 ストレート一本でバント以外、前に当てられない、火の玉ストレート。藤川球児並みだ。

 延長一〇回裏

 六番、青井

 猿渡は、すでに一五〇球を超えている。

 夏の炎天下、気温は三五度を超えて額から汗が流れ、肩で息をしていた。

 青井は二ストライクと追い込まれるも、ライト前に詰まりながらもヒットで出た。

 この試合、猿渡から四本目のヒット。

 華川の森監督からの指示でナインがマウンドに集まった。

「猿渡、大丈夫か?」

「大丈夫も何も俺に代わるピッチャーはいるのか?いるなら直ぐに代わるよ。」

 

 ナインは何も言えず自分のポジションに戻った。

 七番、吉井

 監督の指示はバント。

 バントの達人、吉井は、難なく青井を二塁に送ってベンチに戻り全員からハイタッチ!

 チームは一つになっている。

 八番、増田

 アルプススタンドから益田コール。

 益田は猿渡の球を必死に食いついたが最後に猿渡の大きく割れるカーブで空振り三振。

 二アウト二塁

 九番、高橋

 陸はゆっくり、右のバッターボックスに入った。

「陸、ヒットゾーンを確認しろよ。」

「うん。おじいちゃん、セカンドがベースに寄ってるから、一、二塁が空いてる」

「外角を狙って流し打ちだ!陸。」

「うん」

 あそこを抜ければ、ヒットでサヨナラの可能性はある。

「内角は手を出さず、追い込まれるまで外角を待て!」

「解ってるよ。おじいちゃん。」

 初球、ストレートが内角に決まりストライク。

 二球目、カーブが外れボール。

 三球目、ストレートが内角に決まりストライク。

 猿渡は、「俺の決め球、カーブ待ちか…」

 猿渡は、キャッチャーのサインに首を振った。

 四球目、猿渡の球は外角低めに最高のコースにボールが来た。

 陸は強振せずライト方向に流し打ち、打球は夏の青空に舞い上がった。

 

 

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