第16話


 

 


   一六、名将と呼ばれない名将

   

 青柳監督と菊池スカウトは、同じ大学でバッテリーを組んだ間柄だ。

 菊池スカウトは青柳監督に、

「福田、温存作戦か?ピッチャー三人作ったのは、正解だったな!甲子園を考えての作戦か?」

「馬鹿いえ…プロは、勝ち負けの世界だが、ここは、高校で学ぶ場、子供達に経験と自信を持たせるのが自分の仕事なんだよ。

 福田は、これから野球界にとって宝になれる素材だ。

 今、無理をさせたら彼の人生が台無しになる。

 俺は福田が二年生の時、無理をさせて連投させた事を今も後悔している。

 しかし、勝負に勝ちたい気持ちは、もちろんある。

 難しいな…でも、子供達も私に教えてくれるんだよ!」

 「青柳、お前は変わってるよ。だからOB達はお前を頼って、いっぱいやって来るんだろうな!

 ところで、高橋て、どんな子だ…」

 「気付いたか? 福田以上になる素材だ。」

 

 準決勝、決勝と龍馬の出番は無く、圧勝で甲子園の切符を手にした。

 小倉学園が事実上、決勝戦だったかも知れない。

 陸は代打で出場。ボテボテのゴロを自慢の足でヒット!予選、通算、七打数二安打。

 

 翌日、学校に行き、龍馬と陸は、時の存在になっていた。

 陸の活躍は学園中に知れ渡り、サヨナラホームランは皆んなの印象に残った。

 「高橋、お前、野球部だったんだぁ…」

 

 龍馬には、早くもサインをねだる女子生徒の長蛇の列だ。

 学校も街も甲子園出場に湧いていた。

 

 今日は、検診の日だ。

 いつもの、CR検査を行い、鬼塚先生から、脳の断面図を見せられた。

 「陸君の活躍、観ましたよ。甲子園出場おめでとう!

 事故から一年半経って陸の脳は六五%おじいちゃんの脳は三五%です。

 おじいちゃんに質問していいですか?

 最近、前と比べて眠くなりますか?」

 私は思った…

 「そういえば、夜以外も陸の授業中、昼寝してます。 前より眠くなる感じで…」

 鬼塚先生は、

 「これから段々と眠くなる事が多くなると思います。」

 

 それは、私の脳が時に小さくなるって事か…

 

 全国高等学校野球選手権大会の抽選会が行われた。

 優勝候補は、大阪代表の華川学園、エース猿渡は龍馬と同じく注目度が高い大会屈指のドラフト候補と野手は他のチームに居たら全員、四番のパワフルチームだ。

 他にも、甲子園常連校が名を揃える。

 龍馬が引き当てた一回戦の相手は横浜付属大高校だ。

 昨年の準優勝校で甲子園常連校だ。

 一番から九番まで好打者揃いでピッチャーも本格派、佐々木順(三年生)技巧派、吉田徹(三年生)がいる、まとまりのあるチームだ。

 陸は、今までのマネージャーの経験を生かし、データー作業にも参加した。

「監督、横浜付属はピッチャーに球数投げさせて小技を使うチームで、僅差だと龍馬は球数が多くなると思います。」

 私は陸の成長に、びっくりするばかりだ。

 私が陸を変えたのではなく、監督や龍馬、仲間が陸を成長させてくれてる。

 大明学園は甲子園に出場する常連校だが、龍馬の年代から二年、甲子園から遠ざかっていた。

 大明学園のナインが甲子園の中に入った時、球場の雰囲気に圧倒された。

「おじいちゃん、大阪タイガースでプレーしていた時、ここで試合してたの?」

「もちろんだよ!あのマウンドで投げていたよ。」

「凄い…おじいちゃん。」

 

 第八四回、全国高等学校野球選手権大会

  夏の大会

    一回戦

    大明学園×横浜付属大

 甲子園、大観衆の中、球場からアナウンスよりスターティングメンバーが紹介された。

「大明学園のメンバーの紹介を行います。」

 一番 セカンド  田中泰 

 二番 ショート  中山輝斗

 三番 センター  早田順也

 四番 レフト   牟田蓮

 五番 ファースト 入江治

 六番 キャッチャー青井岳

 七番 サード   吉井和正

 八番 ピッチャー 岡山努

 九番 ライト   高橋陸

 

 陸は初スタメンでライトで出場だったが、龍馬の名前は無かった。

 球場の観衆は福田龍馬、観たさに来たのに名前があがらずブーイングの嵐だ。

 スカウト陣もショックを隠し切れなかった。

 プレーボール!

 ピッチャー岡山が順調な仕上がりで三回まで0を並べた。

 しかし、横浜付属大の佐々木も順調で走者も許さず、お互い0が並ぶ。

 四回表、ツーアウト、ランナー二塁、で横浜付属大の三番、狩野康がライトフライ…誰もがチェンジと思った時、完全なイージーフライを陸は落としてしまいランナーは帰り一点を入れられた。

 陸はライトの練習もしていたが、スタンドの観客や雰囲気にのまれてしまった。

 横浜付属大の監督は、

「ライトを狙え!」

 次の打者もライトに狙い打ちだ。

 又しても簡単なフライを取れず、スタンドからも、

「あのライト、素人?」

「ライトを変えろ!」

 など、ヤジが飛んだ。

 ツーアウト一、二塁、

 エラーした事もあり足は震え心臓が飛び出しそうだ!

 陸は、小心者だった事を、私は思いだした。

「陸、落ち着け!大きく深呼吸だ!」

「うん!わかった、おじいちゃん」

 次の打者もライト狙いでライト前に落ちた。

「落ち着いて、しっかりボールを握ってバックホームだ!」

 二塁ランナーは三塁を蹴り本塁へ…

 陸は、ダッシュでボールを取りバックホーム…ボールは地をはう糸のような球道でキャッチャーのミットに収まった。

 タッチアウト!

 球場は一瞬、静まりかえった。

 そのうち大声援と変わった。

「見たか!今のプレイ…」

「凄い肩、しかもキャッチャーのミットにストライク…」

 試合は陸のエラーで失った一点で回は進み六回を終わり1対0

 岡山も相手打線の粘りの攻撃で球数が多くなり疲れが出始めている。

 七回、ノーアウト、二者続けて四球を出した。

 青柳監督は、ピッチャー岡山から稲生に交代を告げた。

 ナインから、

「ナイスピッチング!俺達が必ず、逆転するから!」

 ベンチに戻り青柳監督から、

「岡山、よく試合を作ってくれた。ゆっくり、肩を冷やしとけよ!」

 スタンドは、

「福田じゃないの?」「大丈夫?」

 監督の考えを疑問視する声が聞こえてくる。

 続く打者は、今日、二安打の四番、坂田。

 稲生は初球、力が入り真ん中に甘い球が行った。

 坂田は見逃す事なくフルスイング!

 打球は、センター、ライト間を抜ける当たり。

 陸は、打ったと同時に球の方向に向かい、ダイビングキャッチ。

 誰もが抜けた当たりと思った。

 ランナーは二走者ともスタートをきっていた。

 陸は、起き上がりざま、素早くセカンドに投げ、セカンドを守る田中も素早くファーストに投げ、二走者共帰れず、トリプルプレーが成立した。

 又しても球場が沸いた。

「何だ!あのライト…上手いのか、下手なのか分からん!しかし、動きは半端ない!」

 八回裏、二番、中山がヒットで出塁。

 横浜付属大のエース、佐々木も疲れが出始めているが、交代する様子はない。

 この試合、佐々木に任せるつもりのようだ。

 三番、早田は甘い球を打ち損じレフトフライ…

 続く打者は、牟田…大明の頼れる四番だ。

 陸は打席に入る牟田を呼び、

「ストレートが甘くなってる。狙い目だよ!」

「陸、ありがとう!」

 牟田は、ストレート一本に絞り、フルスイング。

 打球はレフトスタンドに消えた。

 2対1逆転

 その後、稲生がしっかり抑えて、大明学園は初戦突破した。

 チーム全員で掴んだ勝利だった。

 

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