第5話
火の国の領土の外れ――元々、水の国と呼ばれていた土地。
生い茂る木々に囲まれた、ひっそりとした湿地帯。その中を歩く二人の男女がいた。ゲイリーとミアである。
ゲイリーはしげしげと興味深そうに辺りを見渡しながら言う。
「しかし、まだこの湿地帯に奥があったなんてな……」
「この先は、巫女の血を引く者と一緒じゃないと、入れないから」
そういうミアはにこにこと楽しそうにゲイリーの手を引いている。その表情は、今までの無表情は打って変わり、いろとりどりに変化する。
(ま、これまでいろんなものを見せてきたからな)
ウェルネスの北にある氷の河、火の国の南にある砂の平原、航海中の空で見た虹色のカーテン――さまざまな光景を目にしてきて、ミアは目をきらきらと輝かせて笑ってくれる。
そのたびに、ゲイリーに嬉しそうに抱きつき、ありがとう、と囁くのだ。
その表情は一つとして同じものはなくて、ゲイリーとしても見飽きない。ずっと、その笑顔を見守っていきたい、次の景色を見せてあげたい――と思う。
(何なんだろうね、この気持ちは。詩情とは、ちと違うし)
だが、彼女と一緒にいると、創作意欲が湧いてくるのだ。
気がつくと、持っていたネタ帳は次第に数を増やしている。重たい荷物を担ぎ直すと、ミアは少しだけ気遣うように見つめてくる。
「大丈夫? 重くない?」
「んにゃ、問題ねえよ――俺が、背負うと決めたんだからな」
「ん……ゲイリー、前よりも頼もしくなった」
「そうか?」
笑い合いながら、二人で手を取り合って歩いていく。
湿地帯は足元が滑る。お互いに気をつけて進みながら、澄んだ空気を味わった。足が踏み入れることなく、緑に包まれた、神聖な空間。
それをゲイリーは眺めて、どう表現しようか考えていると、ミアが手を引く。
「ね、この旅が終わったら、一度、本にまとめない?」
「本、か?」
「うん、アスカからこの前、お手紙もらったけど。シズマさんが、ゲイリーの物語をまた聞きたがっている――って。だから、本にしたらいいかも」
「そっか、シズマさんが……あはっ、あの人はやる気をくすぐるのが上手いなぁ」
思えば、あの人からいろいろなものを教えてもらった。
恩返しするためにもいいかもしれない、と表情をゆるませてゲイリーは頷く。
「折角だし、やってみるか……手伝ってくれるか。ミア」
「もちろんっ」
ぱっと晴れるような笑顔を浮かべるミアに、心の底が温かくなってくる。
その胸の鼓動は――悪くない。ゲイリーは二人で笑みを交わしながら、足を前に進める。ミアは迷いなく道を歩み、そして目を細める。
「あそこが、最奥――」
「――魔人がいたり、しないよな?」
「さすがに、大丈夫」
くすりと、ミアは笑って手を引く。眩い白の景色に向かって足を踏み出す。
ゲイリーはそれに導かれながら、少しだけ笑みを零す。
ゲイリーは吟遊詩人である。
文字も読め、教養もあり、面白おかしくいろんなところで語り明かしているだけの、ただの詩人――それであることは、これからも変わりはないだろう。
だけど、これからは見る景色はきっと、また彩りが増えて輝いていく。
(トラブルは勘弁だが――ミアが一緒ならそれも悪くない)
そんなことを思ってしまう自分の気持ちに気づき、苦笑いを零してしまう。
その苦笑いを疑問に思ったのか、ミアが首を傾げる。
「……どうしたの? ゲイリー」
「ああ、悪くないと思ってな。この景色は」
きっと、これから見る景色も息を呑むほど綺麗で。
それを見たミアの笑顔は、もっと魅力的。それを想像しながら、ゲイリーはミアと手を握り返し、一歩踏み出す。
彼女は無邪気な笑みを咲かせながら、手を握り返して頷いた。
「うん――約束、だよ。ゲイリー」
「ああ、いつまでも、どこまでも」
そして、二人はまだ見ぬ景色に向かって一歩踏み出していった。
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