最終章 未来へ続く風
第1話
黒の魔人討伐の数日後――ウェルネス王宮の外れにある離宮。
そこの応接間に、静馬は二人の客人を通していた。
「――お疲れ様だったわね。二人とも」
その部屋の主であるアウレリアーナは、対面に腰を下ろした二人――アッシュとフェンを見つめる。堂々とした振る舞いのアッシュは口角を吊り上げて頷く。
「さすがに、ここ数日は忙しかったな――陛下との謁見や、外交官、大臣との会話。団長との会食。いろいろと詰め込んでくれたものだ」
「こちらにも事情があったのよ――いろいろ、隠蔽する必要があるし」
フィラ丘陵で古の怪物が暴れ回り、それをウェルネスと火の国が共同で討伐に当たった――なんてことを言っても、恐らく信頼に欠ける話だろう。
なので、アッシュに了解を求めた上で、ウェルネスと友好条約を結びに来た、という体裁を取り繕ったのである。ちなみに、騎士たちがぼろぼろだった理由は、白熱した軍事演習をした、ということでごまかしておいた。
その体裁により、アッシュとフェンはウェルネスの首脳たちと会合する羽目になった。
(それも、ようやく落ち着いた形になるが……)
アウレリアーナの傍に立つ静馬は、二人を見やる。
アッシュもフェンも、十分休めているのか、顔色は良さそうだ。ふと、フェンの方が静馬に視線を向け、少しだけはにかむ。
「シズマも、お疲れ様」
「そうね。シズマはいろいろ渡航したし――座りなさいよ、ほら」
ぽんぽんとアウレリアーナは自分の隣を手で叩く。思わず片眉を吊り上げた。
「――殿下。さすがにそれは……」
「いいじゃない。私たちが付き合っているの、二人は知っているわよ」
「――はい?」
思わず素っ頓狂な声を上げる。アッシュとフェンに視線を向けると、アッシュはふんと鼻を鳴らして皮肉そうに笑い、フェンはあはは、と苦笑いを浮かべた。
「というか、なんとなく分かっていたよ? シズマ……」
「――まあ、一緒に戦っていたしな……」
そのときに、普通にアウレリアーナのことを愛称で呼んでいた。
少し迂闊だったかもしれない、とため息をこぼしながら、彼女の隣に腰を下ろす。
そっと、膝が触れる位置まで距離を詰めてくるアウレリアーナを見て、アッシュはなんともいえないような表情をする。
「そういえば、シズマはアスカ、ユーラとも仲がいいと思うのだが――」
「そっちともデキているわよ? シズマ、あろうことか三股かけているし」
「ちょ、アウラ、どさくさに紛れてなに暴露して――ッ!」
「ふーんだ、最近構ってくれないからいけないもんね」
つーんと顔を背けながらも、ちら、ちらと視線を投げかけてくる――あたかも、構ってほしい、とアピールしているようで。
はぁ、と静馬はため息交じりに、強引にアウレリアーナの手を取って、指を絡める。
「――人前だ。ひとまず、これで満足してくれ」
「……ケチねえ」
「ア、ウ、ラ?」
「ふふっ、ごめんなさい、シズマ」
アウレリアーナは少しだけはにかんで片目を閉じる。その仕草に、思わず静馬はどきっとしてしまって――思わず、ごまかすようにその額を小突いた。
「全く、仕方のない主だな……失礼しました。アッシュ殿下」
静馬は二人に向き直ると、彼は少しだけ引きつり笑いを浮かべる。
「なるほどな――二人の仲の良さは分かった。ちなみに、後学のために聞きたいが……アウレリアーナ殿下、シズマが三人と関係を持っていることに、不満ではないのか?」
「ん? 構ってくれないのは不満だけど――そうねえ」
アウレリアーナは人差し指を唇に当て、愛らしく首を傾げる。
「――特に、ないわ」
「そんなものなのか?」
「だって――シズマは、真剣にアスカやユーラと向き合って答えを出したんだもの。むしろ相手と自分の気持ちをごまかさず、そうやって向き合える人を、私は選んだ」
アウレリアーナの言葉は、どこまでも真っ直ぐだった。静馬のことを疑いのない目で見つめている。その瞳には、全幅の信頼が寄せられている。
静馬が何も言わずに、彼女の手を握り返すと、アウレリアーナは微笑みを浮かべた。
深紅の瞳で、そっと愛おしそうに静馬を見つめ、指をしっかりと絡め合わせる。
「むしろ、男気があって頼もしくて――好きだな、って思うわよ」
その真っ直ぐな言葉に、思わず静馬は何も言えなくなり――思わず、視線を逸らした。
「アウラ、人前だぞ?」
「ふふ、アッシュ殿下のご質問でしたので」
「――答えになっていましたか? アッシュ殿下」
「ああ、十分に。ごちそうさま、と言っておこう」
アッシュは深々とため息をついて応える。フェンは釣られたように、顔を真っ赤にしてもじもじしている――奇妙な空気が、部屋の中に満ちていた。
その違和感を払拭するべく、静馬は一際大きく咳払いを一つ着く。
「それよりも――両殿下、本題に移りましょう」
「あ、ああ――そうだな。本題だが――」
アッシュも咳払いを一つ。真剣な顔になって彼は告げる。
「――全て、終わったんだな?」
「ええ、確認が済んだわ。全ての土人形は、滅んだ――ミアに同行してもらって、風神にも確認を取ったから、間違いないわ」
そして、アウレリアーナは胸に手を当て、深紅の瞳を細めて告げる。
「礼を言うわ――二人の協力に感謝する」
「ああ――力になれて何よりだ」
両殿下は、手を伸ばして握手をする。アッシュは手を放すと、目を細めて告げる。
「これはきっかけだが、今後ともいい関係を築いていきたいと思う」
「ええ――友好を結んだから、次は通商条約ね。まだ、貴方たちは滞在できそう?」
「いや、もう国に戻ろうと思う――さすがに、ウチの専属の文官に許可を取らずに、国を出てきたのだ。さすがにカンカンだろう」
「残念ね。できれば、ゆっくりしてもらいたかったけど。明日の船を、手配するわ」
さて、とアウレリアーナは一息つき、軽く指を弾いた。
「なら――最後の謎を、解き明かさないとね」
「最後の、謎?」
アッシュは問い返す。その一方で、フェンは動じない。
彼女も少し気になっていることがあるようだ。そして、静馬もまた。
指を弾いた合図に合わせ、扉が小さく開く――そこから入って来たのは、和装姿のミアだった。萌木色の着物に身を包み、控えめにはにかむ。
「待たせたわね。ミア――ああ、その着物似合っているわよ?」
「ありがとう、ございます。えと、それで……」
「ひとまず、風神様を呼んで欲しいのだけど」
「えと……はい、今、呼びかけて――」
そう言いかけた瞬間、不意に彼女の瞳が翡翠色に染まる――なんだか、割と食い気味に憑依してきた気がするのだが……。
「――待たせたな。ガイウスの子」
「随分早いお出ましね?」
「ああ、実は我からも礼をしたかったから、待ち構えていたのだ――それで、聞きたいことがある、という顔つきだが?」
「なら、ずばり訊ねさせていただくわ」
アウレリアーナは軽く身を乗り出すようにして、風神を見つめて訊ねる。
「貴方――はじめから、あの怪物を封印する気、なかったんじゃない?」
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