第7話

 荷馬車を楔の中心としてウェルネスの騎馬隊が駆けていく。ゲイリーはごくりと唾を呑み込み、覚悟を決め――腕の中のミアが祈るように指を組む。

 瞬く間に、土人形の群れと距離が縮まり――直後、静馬が吼えた。

「絶技――〈炸迫刃〉ッ!」

 真空の刃が鋭く駆け、斬撃が道を斬り拓く。

 両脇から押しつぶそうとする土人形の猛攻を、騎士たちが身を挺して防ぐ。だが、その守りを突破して、土人形が押し寄せ――。

「甘いわ」

 瞬間、その身体に業火が迸った。気が付くと、その土人形は砕け散り、土煙となってしまう。土人形の包囲に、穴が空く。

 腕を一閃させたアウラは残心のまま、左右に視線を送る。

 その合図を、飛鳥とユーラは頷き合って応じた。呼吸を合わせて馬を駆り、包囲を一気に切り抜ける。気が付けば、目の前に――あの巨大な魔人が迫っていた。

 威圧感に、ゲイリーは息を呑み――その手が、そっと握られる。

 見れば、ミアが淡い笑顔で微笑んでくれている。

「大丈夫、ゲイリー。一緒に、頑張ろう?」

「俺は、何もできないけどな」

「ううん、一緒にいてくれるだけで――勇気が出るの」

「そうなのか?」

「うん、一歩、踏み出す勇気が」

 ミアは優しく微笑んでゲイリーの手を握る。仕方ねえなあ、と笑い返しながら手を握り返して――荷馬車の上に二人で立つ。

 目の前にそびえるのは――巨大な災厄。全ての元凶の、魔人。

 その虚ろな眼窩に、睨みつけられる。それなのに、怖くはない。

(そりゃ――頼もしい仲間が、いるからな)

 背後にはすでに、静馬とアウレリアーナが構えていた。魔剣を手にした静馬の手に、アウレリアーナが掌を添えている。

 二人が獰猛に笑みをこぼすのが分かった。直後、猛烈な気迫が吹き荒れる。

「もう一本の腕も――」

「――斬り下ろしてあげるッ!」

 その声と共に、頭上を凄まじい勢いで火炎が駆け抜いた。視界を焼くほどの眩い閃光が迸る――二度目の合体技〈竜花旋風〉が逸れることなく、魔人の腕に直撃する。

 吹き飛び、絶叫する魔人の腕は、もうない。

 その魔人の頭で、まだ食いついているフェンに、静馬が叫んだ。

「フェン! もう一度だ!」

「く――分かった……ッ!」

 フェンとアッシュが視線を交わし合い、息を合わせる。アッシュが強引に体勢を立て直し、自ら剣を深く魔人に突き立て――フェンがその柄に手を掛ける。

 二人の視線が交錯する。アッシュが頷き、フェンを抱きしめるように支える。

 その力強い腕に抱かれるようにして、彼女は意識を集中。祈りを、捧げる。

「水神の巫女として、祈り奉る――!」

 二度目の奉唱と共に、水神の力が満ち溢れ――わずかに、その動きが止まる。

 その瞬間を狙い澄ましたかのように、ミアは祈りを捧げる。

 淡い笑みと共に、彼女はそっと微笑む。

(さっき、ゲイリーが勇気を見せてくれた。だから今度は――私の番)


 ふわり、と大きく風がどこからともなく吹いた。


 その風に乗って、白い花びらが一気に舞いあがる。

 月明かりが照らす中――純白が舞い散り、風の中で優雅に踊る。その花吹雪は、まさにゲイリーがいつしか見た純白の景色と重なる。

 その中に立つ、一人の乙女は、風に愛された輝きそのもので――。


「――ああ、綺麗だ。ミア」


 そう告げた瞬間、ミアは心から嬉しそうにはにかみ、囁くように告げる。


「風神の巫女――ミア・ヴァイスがこの世の風のために、祈り奉る」


 その声はまるでひっそりと優しく包み込むようで――。

 まるで、愛しい人にささやくかのように、瞳を潤ませて。

 熱を込めた口調で、甘く柔らかく春風のように告げる。


「この胸の気持ちを込めて――お願い、申し上げる」


 花吹雪が、次第に強く大きくなり、魔人を取り囲んでいく。

 だけど、ミアはそれを見つめていない。ミアの瞳は、目の前の一人しか映していない。大事な人の為に――彼女は微笑んでゲイリーに告げる。


「この素晴らしき世界で、私と一緒に――生きてください」


 その言葉に、ゲイリーは思わず目を見開き――。

 小さく苦笑いを浮かべて、そっと歩み寄る。

「何をいまさら言っているんだ? ミア――」

 そう言いながら彼が差し出したのは、小指。ミアは嬉しそうに笑い、小指を伸ばして絡み合わせる。ゲイリーは笑って頷いた。


「ああ、約束だ。一緒に、生きて行こう」


 その言葉と同時に、風は二人を包み込むように駆け抜け――。

 眩い光が、その一帯を一気に包み込んでいった。

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