第6話

 直後、轟音が背後から響き渡り、ゲイリーは泡を食って振り返る。

「って、感慨にふけっている場合じゃなかったぜ!」

 その視線の先には、我先にと必死に追いかけてくる土の魔人たち。もはやなりふり構わず、両手を広げて駆けてくる。

 そのおぞましい光景に、ゲイリーはひいひい言いながら、手綱を振ってミアを力いっぱい抱き寄せる。

「は、離れるんじゃねえぞッ! ミアッ! 目一杯飛ばすからなッ!」

「――うんッ!」

 ミアは今にも泣きそうなほど歪んだ笑顔でゲイリーの腰に抱きつく。その中で、ゲイリーは馬を飛ばしながら、後ろを振り返った。

 そして、荷馬車に手を伸ばし――小さな瓶を取り出す。

 それは、円形の形をした、フラスコという名のガラス瓶。

 中には、液体と布が詰まっている。それを持って大きく後ろに振り被った。

「てめえらが、魔人なら――こいつでも、食らいやがれッ!」

 一気に放り投げる。それが放物線を綺麗に描き、そして――。


 地面に落ちた瞬間、轟音と共に火柱が立った。


 その音に、思わず馬も驚き、慌ててゲイリーは手綱で制御する。冷や汗を滲ませながら、その後ろを振り返ってみる。

 そこには火に包まれた土巨人がおり――ずぶずぶと、溶けるように原型を失いつつある。炎の中に、溶けているような光景だ。

(うお、まさか、こんなに効果覿面とは……)

 ゲイリーはそう思いながら、ふと半日前のことを思い出す。


 それは――クウヤの屋敷でトイレを借りた後のこと。

 すっきりした顔で、ゲイリーがアウレリアーナと合流しようとすると、後ろからクウヤが呼びとめてきたのだ。

『いいかな、えっと、ゲイリーさん』

『お、なんだい、クウヤさん。俺、急いでいるんだが……』

『ああ、うん、じゃあ手短に。シズマさんの手紙に、魔人と書かれていたけど、それって間違いないかな? 敵は、そういう類?』

『ん、おう、黒の魔人、とか呼ばれているみたいだけどよ……』

『そうか……うん』

 少し思案げに考えていたクウヤだったが、彼は一つ頷くと、傍らにある木箱を二つ叩いた。

『この二つを持っていくといい。きっと、役に立つから』

『へ? でも、これは一体――』

『こっちは、白い花。どこかの貿易商が仕入れたものらしいけど。それから抽出して作ったのが、この液体――いわゆる、聖油だよ』

 そう言うゲイリーは木箱の中身を見て、思わず目を見開く。

(てか、これ、俺が持ち込んだスゥーリの花じゃねえか!)

 しかも、以前、ユリアス殿下が作ったものに似た小瓶までこしらえてある。これが割れたら、絶対に大惨事は免れない。

 それは、クウヤも製作者として分かっているのだろう、釘を刺してくる。

『絶対に、割らないように。全く、こんな花を持ち込んだ貿易商って一体、誰なんだか。こんなものが万一にもこの国に自生したら大変なことになるのに』

『あ、あはは……』

 まさか、自分です、とは今更言えないゲイリーだったが――。


「まさか、水の国を脅威に追い込んだこいつが、俺たちを助けてくれるなんて、なッ!」

 もう一発、ガラス瓶を投げる。それが直撃した土人形は轟音と共に業火に包まれ、周りを巻き込みながら溶けていく――さながら、氷が融けるように。

 だが、それでも時間稼ぎにしかならない。それに――。

(くそっ、クウヤさん、もう少し用意してくれればいいのに……!)

 もう、ガラス瓶が三つしかないのだ。あとは、スゥーリの花しかない。

 だが、ここで煮出す作業をするわけにもいかない。そんな準備が整うのを待つほど、敵は親切ではないのだから。

 その迷っている間に、土人形たちが迫り来る――。

 だが、ゲイリーは強気に振る舞い、余裕を繕う。何故なら――。

(俺たちは、一人じゃないから……!)


 瞬間、轟、と音を立てて何かが通り抜けた。


 それは、まるで――彼と、最初に出会ったときのように。

 白刃の軌跡を伴って、その騎士は優雅に荷馬車の荷台に着地し、眩しいほどの笑顔と共に振り返ってみせた。

「大丈夫か?」

「――ああ、信じていたぜ。シズマさん」

「その割には、涙目で今にも泣き出しそうだが?」

「そ、尊敬するぜ、こんなところで戦えるなんて」

 会話している間にも、荷馬車には土人形が接近してくる。静馬は一瞬振り返ると、気迫と共に刃を振り放った。直後、弾かれたように足が砕け、土人形が転倒する。

 その背を守るように、ひらり、と金色の軌跡を残して、女騎士が立つ。

「ま、この辺は馴れよ。ゲイリー殿」

「アウレリアーナ様も、すげえ平然としているなあ……」

「正直、シズマが間に合いそうになかったときは、冷や汗をかいたけどね」

「その節は、失礼を――」

「いいのよ、ゲイリー殿が間に合わせたし」

 アウレリアーナは流し目を向けると、にっこりとゲイリーに微笑みかけた。

「――よくやったわ。今なら騎士にしてあげられるわ」

「……いや、御免だぜ、こんな修羅場」

 ゲイリーが力なく笑うと、それに同意するように声が両脇から上がる。

「同意、する……」

「そろそろ、幕を引きましょうか」

 追いついてきたユーラと飛鳥が馬を駆りながら、荷馬車を挟むように並走する。そうすることで、荷馬車を完全に制御しながら、ユーラは目を細める。

「幕を引く鍵は、その白い花、でしょうか」

「いい勘しているわ。ユーラ。この白い花は、聖油の原料なの」

「でしたら、静馬様――このまま、荷馬車をあの魔人の方へ向ければ」

「あの頭で踏ん張っているフェンたちと共に、決着、か――よし」

 ウェルネスの騎士たちは瞬く間に意志を疎通させる。ユーラと飛鳥が息を合わせて馬の進路を変え、黒の魔人へと荷馬車を駆けさせる。

 すなわち――土人形の群れの方向へと。

 ゲイリーはそれを見つめて、思わず引きつり笑いを浮かべる。

「えっと……俺を降ろす、っていう選択肢は?」

「観念しなさい」

「大丈夫だ。私たちが、守るから」

 アウレリアーナと静馬が笑って掛け合う。そうしながら、二人は刃を抜き放った。白青の火炎の刃と、紫紺の気迫の刃――それが、今は頼もしい。

 ユーラが短刀を構え、飛鳥も弓矢を構える。その周りに、ウェルネスの騎士たちが合流する。その中で飛鳥が鋭く叫んだ。

「楔形陣形――これが、最後!」

「応ッ!」


 騎士たちの頼もしい声が、月夜に木霊した。

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