第3話
「こちらですッ! 急いでッ!」
先導したのはユーラだった。ミアを背負いながらも、身軽な足取りで駆ける。
駆け上がるのは、土巨人が取り落とした太い腕――奇しくもそれが、架け橋となって土巨人の肩まで続いている。急こう配の斜面。
ユーラが道を選んでくれるおかげで、ハイペースで駆け昇れる。
フェンとアッシュは手を繋ぎ合い、支え合いながら駆ける。
もう、長い付き合いになる――手を握っているだけで、お互いの気持ちが分かるようだ。
(絶対に、お前を護り抜くからな――)
(ずっと、お傍にいます――)
ぐっと握られるアッシュの手に応えるように、優しくフェンは指を絡める。
その熱に励まされるように、二人は一気に太い腕を伝って、土巨人へ駆け登る。
視線の下にやれば、戦っている仲間たちが見える。
声を枯らして下知しながら、矢を放ち続ける飛鳥の姿。
命を賭して道を斬り拓き、今も退路を作ってくれている騎士たち。
今も、前を駆けて、道を斬り拓いてくれている、ユーラ。
そして、背中合わせで互いに守り合っている、静馬とアウレリアーナ。
(みんなに背中を押されてここまで来た――)
(あいつらに励まされて、ここまで来た――)
ウェルネスの仲間たちに至っては、短い付き合いだ。
だけど、その短い間でも――彼らは、心から一緒にいてくれた。
一緒に、笑い合った。一緒に、戦い合った。
励ましてくれた。喜んでくれた。悩んだ。悩んでくれた。
腹が立ったときもあった。こいつ、殴ろうかと思ったときすらあった。
それでも――彼らと一緒に入れた時間は、気持ちが通じ合えた。
だからこそ――。
(ここで、彼らの気持ちに――)
(――彼らの心に、応えたい!)
「頂上です!」
ユーラが叫んで立ち止まる――そこは、腕の肩口であった。
だが、土巨人の本体との距離が離れている。跳んで渡るのには明らかに無理がある。
アッシュが軽く流し目をくれる。意図を察し、フェンは頷いた。
空いた片手で拳を作り、胸に当てる――祈りを捧げ、目をつぶる。
(お願い――アンジェラ……!)
仕方ないわね、というため息が胸の奥で木魂する――それに応じるように、地面から染み出るように水が噴き出した。それが、弧を描き、虹のように土巨人に掛かる。
「お手伝い、します……!」
ユーラの背にいたミアが、両手の指を絡み合わせ、祈りを捧げる。
瞬間、冷たい空気が吹き上がり――瞬く間に、水の架け橋が凍っていく。
即席の、氷の架け橋だ。
アッシュとフェンは頷き合うと、共にその橋に足を踏み出し、駆けて行く。その後ろを、ユーラがぴったりとくっついて駆けていき――。
「――ッ!」
不意に、アッシュとフェンの背が突き飛ばされた。思わずつんのめるようにして、二人は橋を渡り切る――直後、氷が一気に砕け散った。
ガラスの割れるような音と共に、ユーラとミアが宙に投げ出される――。
「――ッ!」
瞬間、ユーラの目が大きく見開かれた。ミアの身体を抱えると、その背に手を当て――。
「フェンさん――お願いしますッ!」
精一杯の、彼女の叫びと共に突き飛ばされた。それは、掬い上げられるような風に乗り、ミアはフェンの方へ真っ直ぐ飛び――。
「くっ!」
その手を、フェンとアッシュは同時に掴んだ。
息を合わせて、ミアの身体を引き上げる――それを見届けたユーラは、ふっと儚げな笑顔を浮かべて、土煙の中へと消えて行った。
その光景をミアは目を見開いて見ていたが――すぐに唇を引き結ぶと、顔を上げる。
「フェン――!」
「うん――始めよう」
決然とした表情と共に、視線を上げる――。
ついに、三人は辿り着いた。土巨人の、頭の上へと。
アッシュが息を吸い込み、剣を引き抜き、刃を下に向ける。
その両側から、二人の巫女は静かに目を閉じ、胸の前で手を組む。
指を絡み合わせ、祈りを捧げるように――強く、ひたすらに祈りを捧げる――。
「水神の巫女として、祈り奉る――」
「風神の巫女として、祈り奉る――」
瞬間、二人の身体から淡い光が溢れていく。その光が、真っ直ぐに剣へと注がれていく。その光と共に、アッシュの手に力が籠もっていく。
蒼天と翡翠の光が刃から鮮やかに放たれる――その柄に、二人の巫女が包み込む。
フェンとミアは頷き合い――アッシュは、全身の力を込めて、刃を振り下ろす。
澄んだ金属音が、辺りに響き渡った。
揺れていた土人形の動きが、ぴたりと止まる。
辺りの喧騒が、潮が引くように収まっていく――見れば、視界の下では小さな土人形たちが動きを止めている。
(やっ……た?)
半信半疑に、アッシュとフェンは視線を交わし合う。
「――あ……」
ミアが、小さく声をこぼした、瞬間だった。
「――ォォォオオオオオオオオッ!!」
凄まじい絶叫が、地面の下から噴き上がった。鼓膜が破れそうなほどの大音声に、思わず耳を塞ぐ――だが、それだけでなく、大きく土巨人が暴れるようにのた打ち回る。
フェンとミアは思わず吹き飛ばされそうになり、その手ががっしりと掴まれる。
「掴まれッ! く――ッ!」
アッシュが剣を片手に、踏ん張りながらフェンの手を引き、抱き寄せる。
フェンもミアの手を引き寄せながら、三人で身を寄せて激振を伏せるように耐えるしかない。その中で、アッシュが叫ぶ。
「どうなっているんだッ! フェンッ!」
「わ、分かりません――封印は、掛かろうとしています。ですけど、それを弾き返す力が、あまりにも強すぎて……ッ!」
「く、そ、ばかな……ッ!」
アッシュが歯噛みをしながらフェンの手をしっかりと掴む――瞬間、ぐらりと一際大きく、頭が揺れた。その勢いに、ミアの身体が振り回され――。
その手が――解かれてしまう。
(あ――ッ!)
手に力を込めた瞬間には、もうすでに遅かった。
ミアの身体は、中空に放り出されていた。
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