第六章 貴方のために
第1話
飛鳥は、指笛を吹き鳴らしながら、目を細めて馬を駆けさせる。
月光の下で駆け回る騎馬隊――それを、まとめ上げながら内心で一つ嘆息する。
(なんで、私がこんな大役を……)
アッシュが飛鳥に課した任務――それは、全軍の指揮であった。
『お前の指揮の腕前なら、十分にやってくれるはずだ』
その信頼の言葉と共に、巨人たちを惹きつけ、フェンとミアが突入する隙を作ってくれ、と無茶ぶり同然に頼まれたのだ。
「まあ、静馬兄さんの、いつもの無茶ぶりよりはまだマシですけど」
一つ吐息をつきながら、飛鳥は辺りに目を配りつつ、笛を吹いた。
符号を組み合わせ、指示を飛ばす。
その符号を聞き取れるのは、ウェルネスの騎馬隊だけだ。だが、それが組頭になって、火の国の騎士に伝達することにより、スムーズに連携する。
(レント隊は、土人形を引き付けて後退。横合いから、リヒト隊がかく乱。エリカ隊はその間に、別のポイントの土人形を誘引――)
頭に描いた絵図と、辺りの光景が徐々に一致していく。
鈍い動きの土人形たちは、素早い動きによって惑わされる。負傷者も限りなく抑えることができている――そして、一部を手薄になっていく。
(最低限の任務は、できた――けど)
飛鳥は合図の鏑矢を軽く触れながら――少しだけ、目を細める。
きっと、アッシュはこの結果で、満足するのだろう。
アッシュは、最低限のことしか割り振らない。それはきっと、なんでもかんでも自分一人でやろうとするからだ。
そういう人だからこそ、フェンは放っておけなくて傍にいるのだろうと思う。
そんなフェンだけに、アッシュは甘えることができる。無茶ぶりもできる。
お似合いの、二人だ。そう思える、のだけど――。
(アッシュ殿下――自分だけで抱え込まず、他の人に無茶ぶりしても、いいんですよ)
そう思いながら、飛鳥は指笛を三度吹き鳴らす。
瞬間、森の方から伏せていた弓騎兵たちが突如、姿を現す。そして、横合いから巨人たちの群れに突っ込みながら、矢をつがえて――放つ。
風に乗った無数の矢は、巨人たちに一斉に突き立ち――。
勢いよく、爆ぜた。
轟音と共に、土人形たちが吹き飛んで倒れていく。
黒色火薬を詰めた竹筒を仕込んだ矢――棒火矢だ。凄まじい火力で、一部の土巨人たちを吹き飛ばしていく。その音に反応するように、土人形は動き。
ますます、包囲の一部が、手薄になっていく。
「――ま、こんなところでしょう」
自分としてもこれなら及第点、と一息つきながら――飛鳥は彼方に視線をやる。
(あとはお願いしますね……静馬兄さん)
そう思いながら、飛鳥は上空に向かって鏑矢を鋭く射た。
空をつんざいた、鏑矢の音は、爆音の中でも確かに耳に届いた。
「出撃――突っ込むぞッ!」
アッシュの号令に従い、静馬は素早く自分の部下たちに指示を出す。そして、飛鳥がこじ開けた、土人形たちの空隙に馬を駆った。
馬蹄と共に、高らかに鬨の声を上げる騎馬隊は、恐れを見せない。
静馬に従って付き従ってくれる――それに、胸から温かさがじんわりと込み上げてくる。
『――これから向かうのは、死地だ。それでも、ついてくるか』
静馬がこの突入の同行に選んだのは、三十人の騎士たち。
もう何年も自分の下で動き回り、どんなときも弱音を吐かずについてきてくれた。その彼らに確かめるように訊ねると――。
『――静馬隊長、何言っているんですか』
全力で、呆れた顔をされた。
仕方ないな、とばかりに騎士たちは視線を交わし合って苦笑いをこぼす。
『俺たちは静馬隊長が好きだから、ついていくんです。静馬隊長が、行くのなら俺たちは地獄だろうが、三途の川だろうが、喜んで突っ込みますよ』
『その結果、死んだとしても――私は本望です。先に死んだ仲間たちに、私は静馬隊長のためにこの命を使ったんだ、とあの世で胸を張れます』
『第一、死線を潜り抜けるなんて、今に始まったことじゃないですよ、隊長。生き残って、また焼肉奢って下さい』
『――ああ、もちろんだ』
『お、聞いたか、みんな。ここで犬死したら、静馬隊長の奢りを食い損ねるぞ』
『これは死んでいられない……っ!』
俄然、士気のあがる部下たちを思い出して――思わず、目を細める。
現金なところはあるが、仲間想いで、隊長想いで――向こう見ずな、仲間たち。
いつだって、彼らは手を貸してくれる。それが、とても嬉しくて、眩しい。
そして――そんな彼らの命を使うことに、胃の底にずっしりと重みを感じ、それを振り切るように、肚の底から咆吼を解き放つ。
「おおおおおおお!」
荒ぶる血潮のまま、突っ込んできた土人形に向け、気迫を帯びた刃を解き放つ。妖しい紫紺の光を帯びた刀身が、真っ直ぐに土人形の拳を迎え撃つ。
「絶技――〈浸透霊刃〉ッ!」
わずかな、手応えと共にその拳に刃が吸い込まれる。そのまま、勢いよく刃を振り抜いた。頑強な土くれが、あっさりと宙を舞い――遠くへ落ちる。
それに惑う土の巨人の足元を駆け抜けざまに斬り払う。たちまち、地に崩れた巨人を前にして、騎士たちは勢いよく雄叫びを上げる。
臆することなく、高い上背の巨人に向かっていき、道を斬り拓いていく。
それは、文字通り、命を賭した捨て身の突撃――。
巨人の拳に弾き飛ばされる。蹴り飛ばされる。押しつぶされる。
それでも、彼らは命を燃やすように道を拓く――その血路を、静馬たちは駆けた。
(お前たちの命――絶対に、無駄にはしない……!)
肚に圧し掛かってくる重荷が、そのまま刃の気迫になる。
その気迫は限りなく重い。人の命を預かった刃なのだ。それでも――。
「――シズマ」
隣を駆ける、彼女が笑ってくれる。真っ直ぐな深紅の瞳が、寄り添うように見つめる。
もう、それだけで――十分だ。
(アウラ――貴方がいてくれれば、この刃を振るえるから)
大切な人を、護る為――ただ、それだけの為に。
「おおおおおおおおおおお!」
「はああああああああああ!」
立ち向かってくる土巨人に向け、刃を振るう――重い拳を、一気に引き裂く。
そこに生み出した空隙に、アウレリアーナが鋭く駆ける。引き抜いた刃が、瞬間、閃光を放つ。眩いばかりの光と共に、灼熱を帯びた刃が土巨人を引き裂いた。
爆ぜるように吹き飛び、崩れ落ちる土巨人。その前方が、一気に拓ける。
「行くぞ――アウラ!」
「任せなさい、シズマ!」
二人は名を呼び合い、視線を交えると血路を一直線に突き進んだ。
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