第7話
いつの間にか、日が暮れたフィラ丘陵――。
だが、月光が降り注ぎ、照らされたその世界は――激しく混沌としていた。
眼下では、土巨人と騎士たちが追いかけっこを演じている。必死に逃げ回る騎士たちを押しつぶそうと、土巨人たちは動き回る――だが、鈍い動きで仕留めきれない。
飛鳥の陣頭指揮の元、何とか拮抗を維持しつつあった。
その中で、後ろに引き下がった静馬たちは、息を整えながら話し合いの場を設けていた。
そこに集ったのはアウレリアーナ、静馬、フェン、アッシュ、ミア――そして、もう一人、意外な人物がそこに並んでいた。
「げ、ゲイリー……! どうして、ここに……っ!?」
「そりゃ……何で、だろうな?」
抱きついてきたミアを抱き留めながら、ゲイリーは困ったように首を傾げている。アウレリアーナはため息をこぼして額を抑える。
「大見得を切ったものだから、私が連れてきたのよ……連れてこない方が、よかったかしら……」
「後悔するのは後です。殿下――それよりも」
「ええ、そうね」
アウレリアーナは咳払いして仕切り直し、対面した紅眼の青年を見つめる。
「お初にお目に掛かるわ。アッシュ殿下――アウレリアーナよ」
「アッシュ・エイデンだ。今は、挨拶する暇も惜しい」
両国の首脳は視線を合わせて頷き合う。静馬はアウレリアーナを見つめて訊ねる。
「殿下、敵の正体の調べはつきましたか?」
「ええ、大体、想像がついたわ」
アウレリアーナは頷きながら、面々を見渡して早口に言う。
「単刀直入に言えば、あれらは、血を糧にして力を得る土人形よ――ゴーレム、と考古学者は呼んでいたようね。長いこと、ゴーレムは腹心を使って血を集めていたわ」
「で、でも――何で、あんな数が……っ!」
泣きそうな顔つきでミアが声を震わせる。アウレリアーナはため息をこぼすと、髪を払いながら答える。
「魔人が起動するには、百人分の血液が必要だった。だけど――」
「なるほど、それ以上の血液量があったわけか。恐らく、二千人規模――だろうな」
さすがに明察でアッシュは状況を悟る。視線で動き回る魔人の数を確認し、眉を寄せてアウレリアーナを見やる。
「となると、あれを野に放ってしまえば――血をさらに吸い上げれば」
「さらに、魔人は増える。分裂するか子供を生むかは知らないけど、とにかくもう手がつけられなくなるでしょうね」
アッシュの言葉に頷き、金髪の王女は視線をミアに移した。
「聞くわ。ミア――あれを貴方一人で、再度封印することは、可能?」
「それは……」
ミアは一瞬口ごもり、目を伏せさせる。ぎゅっとゲイリーの腕を抱き締め――瞬間、不意に雰囲気が切り替わった。
草原の風を孕んだ少女が、翡翠の目つきで面々を見渡す。
風神が、憑依したのだ。
「我が答えよう――あそこまで覚醒されると、神の力を以てしても難しい」
だが、とそこで一息おき、フェンを見つめて風神は言葉を続けた。
「水神の巫女がここにいる今なら――二柱の神の力があれば、今度こそ、奴を滅ぼすことが可能になるかもしれない」
「――滅ぼす? できるのかしら」
「できるとも。ガイウスの子よ」
自信ありげに風神は頷いてみせた。全員を見渡し、はっきりとした声で告げる。
「以前、ガイウスと剣士の子と合力し、あの巨人の討伐に当たったことがある。そのとき、あの中央の巨人に向けて立ち向かった……が、セーラの力が足りずに、封印するにとどまったのだ」
「なるほど――そこに、私の力が加われば、ということですね」
フェンは一つ頷き――だけど、と少し不安げに風神の方を見やる。
「ですが、ミアの力は弱い、と聞いています――無事に、滅ぼせるでしょうか」
「それはやってみねば分かるまい――どうだ、賭けてみるか」
風神が面々を見渡す。真っ先に応えたのは、アウレリアーナだった。
「当たり前ね。というか――それしか手段がないのだから。シズマ、共をしなさい」
「ええ、もちろん。地獄の果てまでも」
静馬はアウレリアーナを見つめて微笑みかけた。
フェンは、わずかにためらうように視線を伏せさせ、だが、すぐにその顔に決意を滲ませながら口を開く。
「その策に、火の国も乗ろう」
それを遮ったのは、アッシュだった。鮮やかな紅い目で驚いているフェンを流し見して、わざとらしく眉を寄せる。
「どうせ、お前は乗るのだ――なら、俺も付き合う」
「しかし、殿下――」
「否定の言葉は、聞かないぞ――少しぐらい、俺を素直にさせてくれ、フェン」
優しく諭すような声に、フェンは思わず目を見開き、言葉を詰まらせた。
そして――頬を赤らめながら、そっぽを向き、ぼそぼそと小さくつぶやく。
「ずるいです。殿下――こんなときばっかり」
「ふん、いつものことだがな」
いつものように、アッシュは皮肉そうに告げると、アウレリアーナの方を見つめた。
「これより、ウェルネス王国、火の国合同の、軍事演習を行う――ということで、どうだ?」
「悪くないわ。指揮は独立していると面倒ね。全て、アッシュ殿下に任せるわ」
「ほう、思い切った采配だな」
「……ただ、面倒くさがりって、だけですよ」
「何か言ったかしら、シズマ」
にっこりと微笑みながらアウレリアーナは、静馬の肘をつねり上げる。いててっ、とわざとらしく痛がる静馬に、思わず一同は少しだけ空気が緩む。
騎士たちの漲る覇気――それが、穏やかに共鳴する。
その輪の外にいるミアはわずかにためらい……その背が、軽く押される。
「――行って来い。ミア。俺は足手まといだから、お留守番だけどよ」
背中をそっと押すゲイリーは目を細めて、その頭をくしゃっと撫でる。
「お前は、一人じゃない。それさえ忘れなきゃ、大丈夫だ」
「……んっ、分かっている……それと、ゲイリー」
「ん?」
「約束」
おずおずとミアは振り返り、小指を差し出す。思わず困惑するゲイリーに、静馬が笑いかけながら声をかける。
「同じように小指を出して――ミアの指と絡める」
「こ、こうか……?」
「ああ、それがカグヤに伝わる伝統的な、契約儀式――指切りだ」
ゲイリーの小指に、ほっそりとした白いミアの指が絡み合う。二人は視線を合わせて、どこか照れくさそうに笑い合い、軽くその指を振った。
「指切り――だな」
「うん、一緒に旅する、約束」
その言葉と共に、視線を交わし合い――名残惜しそうに、指が離れていく。だけど、その熱はいつまでも、お互いの指に残っている。
ミアはそっとその小指を大事そうに胸の前で抱きしめると、騎士たちの輪に加わった。
その全員の視線が、アッシュに注がれる。彼は頷いて告げた。
「では――お前たちの命、預かったぞ」
そして、彼は振り返ると、剣を抜き放って真っ直ぐに刃を突き出す。
その先は、月光の下、一際大きく動く巨大な土巨人――それを見据えて、肚から声を放った。
「これより、作戦を開始する!」
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