第6話

「な――ッ! ユーラさんッ!?」

「行って下さいッ! 私なら、やられませんッ!」

 そう叫びながら、ユーラは瞬く間に駆け、巨人の拳をひらりと躱す。逃げるユーラに釣られるように、土巨人たちは彼女の方へ進路を変える。

(――時間を、稼いでくれている……っ!)

 胸が引き裂かれるような痛みが走る。だが、それを振り切ると、フェンは背を向けて駆け出す。真逆の方向――飛鳥たちが待つ、方向へ。

 ミアを抱きかかえての疾走だ。息が切れる、足がつらい――それでも。

(ここで逃げ切れないと……! 何のために、ユーラさんが囮になったんだッ!)

 喝を入れる。行く手に立ちふさがるように、三つの巨躯が迫ってくる。

 その拳が、足が迫る――それを、フェンは横っ飛びに躱しながら、意識を集中させた。

(お願い、アンジェラ――ッ!)

 全身の力と共に、祈りを解き放つ。直後、激しい水流が吹き上がった。

 巨人をわずかに怯ませる。その隙に、地を蹴って巨人の魔の手を掻い潜り――。

「フェンッ!」

 ミアの悲鳴に、弾かれたように地を蹴った。間一髪、立っていた場所に轟音を立てて、巨人の拳が突き立つ。地響きに体勢を崩しながら、視線を上げた。

 見れば、辺りを五人の土の巨人が取り囲んでいる。もう、逃げ場がない――!

「くっ――!」

 せめてミアだけでも守ろうと、彼女をしっかり抱きかかえ――。


 その目の前の土巨人が、嘘のように横へ弾け飛ばされた。


(――え……)

 思わず、目を見開く――瞬間、高らかな馬蹄が鳴り響いた。

「フェンッ! 掴まれッ!」

 頼もしい声が鳴り響く。その言葉を理解する前に、フェンは手を伸ばしていた。

 直後、駆け込んできた馬の上から伸びた手が、フェンの手を掴み、しっかりと引き上げる――気が付けば、フェンは彼の腕の中にあった。

 すっぽりと収まってしまう、彼の広い腕の中。

 灼けるような鮮やかな瞳が、真っ直ぐにフェンに注がれている。

 その熱に――フェンは、思わず吐息をこぼした。

「あ――でん、か……?」

「ああ――無事で何よりだ。フェン」

 いつものように素っ気ない言葉で――アッシュは優しく笑いかけてくれる。

 それに、フェンは泣きたいくらい胸が熱くなった。


「総員、一撃離脱だッ! 深追いはするな!」

 静馬は鋭く下知を出しながら、馬を駆る。

 激しく馬腹を蹴り、土巨人の合間を縫って駆け抜けていく――その視線の先で、アッシュが土巨人の群れに突っ込み、一気に抜けていた。

 その腕の中には、フェンがいる――思わず、静馬は安堵の息をついた。

(無事だったか……! なんとか、間に合った……!)

 ぎりぎりのタイミングだった。フェンたちと合流を急ぐ途中、怪物たちが覚醒したのは冷や汗をかいたが――飛鳥たちが合流してくれたおかげで、馬を手にできた。

 騎馬隊の連携と陽動――それを組み合わせ、ようやく巨人たちに隙を作り、突貫できた。

「――シズマッ! フェンは確保した。一旦退くぞ!」

 アッシュが馬を返しながら叫んでくる。静馬が頷き返そうとした瞬間、不意にその腕の中にいたフェンが身を乗り出して叫ぶ。

「ユーラさんが、まだ敵中で、孤立していますッ!」

 それを聞いた瞬間、ぞっと背筋に悪寒が走った。息を呑むと同時に、馬の肚を蹴る。

(くそ――っ! ユーラっ!)

 身を切るような不安に、身が震える。血潮が、うるさいくらいに高鳴っている。

 それに駆り立てられるように、静馬は視線を走らせた。

 土巨人はまばらに動き回っている。大体が、騎士たちを追いかけ回している。その一角に、何故か集中している土巨人たちがいる。

(あそこか――ッ!)

 馬の肚を蹴る。ぐんぐんと風を切るように加速していく馬の手綱を捌き、こちらに向かってくる巨人を巧みにかわす。そして、小柄な黒装束が、目に入った。

 巨人たちの手を巧みに躱し続ける、小さな少女。

 その身体は土に汚れ、血に汚れていて――それでも、あきらめていない。

 必死に地を駆け――不意に、その脇を土巨人の足が掠めた。

(――ッ!)

 思わず叫び声をあげそうになった。鞠のように吹き飛んだユーラが、地面に叩きつけられる。辛うじて受け身を取り、よろよろと立ち上がる――。

 その四方から、土巨人が迫り来る。その中心で、ユーラは静馬を見た。

 澄み切った瞳が真っ直ぐに見つめてくる――そして、わずかに微笑んだ。

(まさか、そんな――)

「やめろおおおおおおおおおおおお!」

 胸が引き裂けんばかりにあふれた咆吼のまま、静馬は馬を駆り――。


 瞬間、巨人の腕が、ユーラに振り下ろされた。


 ずん、と激しい衝撃と共に、ぐしゃりという音を聞いた気がした。

 何かが潰れたような、湿った音が耳に木魂する――ばかな、と思わずつぶやいた。

 世界から音が消えたかのように、何も感じられなくなった。

 不自然なほど、静けさが訪れた、その戦場の中で、震える喉で息を吸い込み――。


 不意に、白い閃光が迸った。


 それに弾け飛ばされる、土巨人――思わず、静馬は目を見開く。

 ユーラがいた場所から、眩い光と共に、何かが飛び出してきた。馬を駆る、燦然と光を放つ金髪の女騎士――その紅い瞳が、静馬の視線とぶつかる。

 その女騎士の背には、黒装束の少女の姿がある。

 それを認めた瞬間――静馬は、どうしようもなく、泣きたくなってきた。

(――全く、この人は……っ!)

 胸が震え、目頭が熱くなってくる。それを堪えながら、静馬は馬を返す。

 その女騎士と馬首を並べると、彼女――ウェルネス王国第三王女、アウレリアーナは清々しい笑みと共に片目を閉じた。

「ナイスタイミングだったわね。シズマ」

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