第5話

 次第に、上空に空いた穴から外の茜色の日差しが見えてきていた。

 ユーラがするすると登っていき、穴から上を確かめてから手招きする。それを合図に、フェンはミアの腰のあたりに手を当て、上に持ち上げる。

 ユーラが彼女の手を取って引き上げ、次のフェンに手を差し伸べた。

「行きますよ――ッ、と」

「うんッ!」

 穴の縁に手をかけ、ユーラに手伝ってもらって外に這い出る――その視界に入った光景に、フェンは思わず目を見開いた。

「――外は、こんなことになっていたんだ……」

 そこは、まるで隕石が落ちたかのように、辺りが陥没していた。

 大きかった丘が、まるで砂山を上から殴ったかのように、めちゃくちゃになっている。クレーター状になり、土と瓦礫がぐちゃぐちゃに入り交じっている。

(殿下は――無事に、逃げられたのかな……)

 視線を走らせた瞬間――ぞくり、と背筋に悪寒が走った。

 つないだ、ミアの手がぎゅっと握られる。瞬間、ずん、と縦に激しい振動が迸った。

「くっ――まさか……っ!」

「目覚めかけています――ひとまず、この陥落地点から逃れましょう」

 フェンとミアは手を取り合い、急な斜面に足を踏ん張って移動する。ユーラはその後ろをカバーするように駆けながら、後ろを振り返る。

 陥没地点の真ん中が、不自然に盛り上がっていく――小刻みな地震に足を取られながらも、フェンたちは坂を登り切った、瞬間。

 ずん、と激しく突き上げるような地響きが襲った。

「あ――!」

「しっかり! ミア!」

 転びそうになるミアを支えるフェン――だが、あまりの激しい揺れに身動きが取れない。ユーラが傍に寄り、腰を低くしてクレーターを見やる。

 その中心の盛り上がりが、爆ぜるように吹き飛び――その中から何かが顔を覗かせた。

 それは――。

「――あ、たま……?」

 それは、巨大な頭――それ一つで小屋くらいありそうな、巨大な頭だった。

 土くれに覆われたそれが突き出て――もがくように、それらが身体を動かす。そのたびに地が揺れる。それに我に返ると、フェンはミアの手を引く。

「あれが自由を取り戻す前に、逃げよう――!」

「先導します。一緒に……!」

 ユーラがそう言いかけ、何かに気づいたように目を大きく見開く。

 その視線を追いかけると――地中から出てきた巨人は、頭上を見上げるように、身を逸らして――その口を開いた。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 凄まじい咆吼が、空をつんざいた。鼓膜どころか、脳を揺さぶる絶叫に、思わず耳を塞ぐ――その衝撃のせいで、地面まで激しく揺れている気がする。

 いや、とフェンは思わず目を見開く。

(これは、咆吼――じゃない……これは『合図』……!)

 それで揺れているのは、この丘じゃない――。

 このフィラ平原にある、無数の丘が、一気に鳴動している。眼下のそれらは次第に膨れ上がるように盛り上がり、土が崩れていく――。


 そして――無数の土巨人が、その場に姿を現した。


「――ッ! 駆けます! フェン殿ッ!」

 この世の物とは思えない光景を前に、いち早く我を取り戻したのは、ユーラだった。

 瞬時に斜面を駆け降りていく。遅れて、フェンはミアを抱え上げるようにして駆け出す。ミアは喉を震わせ、目を見開いて辺りを見渡す。

「どう、して……!? 伝承だと、魔人は一体のはずなのに……!」

「周りにあった丘……全部が、魔人だと、考えて下さい……っ!」

 ミアの戸惑いに、ユーラが噛みつくように叫び返す。その声には明らかに余裕がない。それも当たり前だ。四方を、魔人に囲まれているのだ。

 ユーラに続き、フェンも必死に駆ける。その足元の地面が激しく揺れ、足取りはおぼつかない。それでも――。

(あの、巨人たちが、完全に動き出す前に、早く――ッ!)

 肌で感じ取れる。彼らはもう覚醒しかけている。

 急がなければ、あれらに踏みつぶされるのが関の山だ。

 斜面を駆け降り、すぐさまユーラとフェンはひたすら駆けていく。その行く手には、巨人がまるで置物のように立っており――。

 ぐるん、とその頭が一斉にこちらを向いた。

「くっ――!」

 向かってきた巨人――身長だけで小屋くらいありそうなそれが、ずんずんと進んでくる。

 ユーラは舌打ちしながらその巨人に向き直る。間近で、巨人を振り上げる拳に駆け、不意に足を切り返し、跳び退く。

 そのフェイントに惑わされ、体勢を崩す巨人――。

(ユーラさんの技、〈惑足〉――! さすが!)

 思わず胸の内の快哉を上げ、一層、足を速めてその脇を駆け抜ける。だが、その間にも、他の巨人は地を揺らしながら、駆けてくる。

 このままだと、包囲されて押しつぶされるのは、時間の問題。

 ユーラはわずかに視線を伏せさせ――不意に、進路を変えた。


 フェンと、真逆の方向へと。



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