第五章 災厄と最悪

第1話

 目の前から突っ込んでくる、黒装束の男たち。

 それを前にして、フェンは剣を携えて一気に駆け抜けていく。

「初撃は私ッ! 畳み掛けをお願いッ!」

「承知した――ぶちかませッ!」

 拳を胸に当て、祈りを捧げる――それに呼応するように、身体の周りが淡く光る。

 その光を刃に宿すように降りかざし、真っ向から一気に斬り下ろす。

 瞬間、斬撃に合わせて激しい水流が虚空から噴き出した。それが、一気に黒装束たちに襲い掛かる。予期せぬ一撃に、黒装束たちが体勢を崩す。

 その隙に、フェンを跳び越えるように、二人の人影が駆けていた。

 白刃が無数に宙を駆ける――血飛沫が宙を舞い、あっという間に倒れ伏していく敵たち。その空間をアッシュとミアが駆け抜けていく。

「ミア! 祠にはまだつかないのか!」

「あと、もう、少し――ですッ!」

 敵は、すでに三回突破していた。二十人ほどの一団を、三回斬り退けている。足は、絶対に止めない。静馬は駆けながら、わずかに目を細めた。

「――見えて来たな。祠が……」

 視線を上げれば、開けた空間が目に入ってくる。

 静馬が先導し、その後ろからフェンが駆けてその広間に飛び込む。瞬間、目に飛び込んできたのは――大理石の台座であった。

 広い空間を埋め尽くすような、大きな一枚岩の大理石――。

 まるで、棺の蓋のようだ、と思っていると、静馬は軽く手を挙げて足を止めさせる。

「――ここでも、待ち伏せ、か」

 どこかの物陰からか、ぞろぞろと現れてくる黒装束の男たち。

 不気味な動きで――生気を感じられない。次々と現れる、その黒装束に思わず眉を寄せ、フェンはじり、と一歩引き下がる。

「こんなに――? 百ぐらいいそう、だけど……」

「――誘い込まれた、にしては妙だな」

 静馬の言葉に、確かに、とフェンは頷いた。

 広い場所に誘導するのは、確かに理に適っている。

 だが、それにしても戦力を逐次投入するなどの、下策を打ってきている。こちらを皆殺しにする意図は見られない、むしろ生け捕りか――?

「いずれにせよ、考え込むのは後だ――逆に、これは好機だ」

 アッシュが静かな声で断じながら、彼もまた剣を抜き放つ。

「ここで敵を圧倒し、二人にここを封印させれば、敵の目論見など関係はない」

「――確かに。ひとまず、敵を蹴散らすとしましょう」

 フェンは応え、静馬とユーラが立ち位置を変える。

 ミアを中心にした、円陣――それを構築した瞬間、黒ずくめの敵が一気に駆け出す。人間離れした、獣のような動きで一気に跳び掛かり――。

「絶技――〈炸迫刃〉ッ!」

 瞬間、静馬が気迫を解き放った。振り抜いた刃が、衝撃波を伴って敵たちを吹き飛ばす。

 その斬り拓いた空間を、小柄な少女――ユーラが駆ける。体勢を低くし、敵の手を躱しながら、手のした刃を閃かせる。彼女が通った後に、血飛沫が吹き上がる。

 その猛攻をすり抜け、突っ込んでくる敵と、フェンは斬り結ぶ。

 攻撃を弾き返し、真っ向から斬り下ろす。崩れ倒れる敵を見ずに、刃を返して次の敵に斬り掛かる。アッシュもミアの守りに徹しながら、敵を一人一人確実に仕留めていく。

 それでも、向かい来る波状攻撃の圧力は、凄まじい。

 士気も衰えず、ただひたすらに、黒ずくめたちは突っ込んでくるのだ。

 敵陣を斬り裂いたユーラだったが、その圧力に競り負けて弾き飛ばされる――だが、それに入れ替わるように、フェンが突っ込んでいた。巫女の力を借りながら、一気に敵を押し返していく。

 その背後から、高く跳躍して飛び掛かってくる、黒ずくめ――それを、静馬が放った真空の刃が斬り裂き、フェンへと指一本触れさせない。彼女もそれを感じて、彼に背中を任せながら剣で舞うように戦い続ける。

 絶技を放った後の、静馬のわずかな硬直。だが、それを埋めるようにアッシュが手堅い守りを展開する。幅広の剣で敵を斬り結び、着実に敵を完封する。ミアの方へ絶対に一歩たりとも進ませない――。

 そのアッシュを助けるように、白刃が宙を駆ける。体勢を立て直したユーラが、乱戦の中を縫うようにして短刀を投げ、次々に敵を始末していく。

 フェンとユーラが交互に敵に突っ込んで圧力を弱め。

 静馬が全方位を網羅する、気迫の斬撃でカバー。アッシュが鉄壁の防御を見せる。

 即席ながら、息の噛み合った攻防――それでどうにか、凌ぎ切っている。

(だけど、明らかに妙だ――!)

 鉄臭い匂いが充満し、足元は血潮でびしゃびしゃに濡れている。その中で後退しながら、敵を斬り捨て、一瞬だけ視界を見渡す。

 敵たちは数を減らしながらも、まだどんどんと進んでくる。

 それは生気が感じられない、どころではない――まるで、何かに操られているかのようだ。

 まさに、亡者――合わせた剣にも、意思が感じられない。

「ッ!」

 思考したのが、命取りだった。血だまりに足を取られ、思わず体勢を崩す。そこに一斉に刃が殺到し――。

「絶技〈浸透霊刃〉ッ!」

 寸前、割り込んだ静馬がその刃を斬り飛ばした。金属の刃が、冗談のように砕けて宙を舞う。返す刃で彼は敵を斬り伏せながら、視線だけを飛ばす。

「大丈夫か!?」

「う、うんっ、ありがと――!」

「下がれ――〈散花刃〉で一気に吹き飛ばすッ!」

 静馬は太刀を一閃させながら吼える。振り抜くと同時に、鮮やかに刃を返し、次の瞬間には真下から敵を斬り上げている。

 言われるまま、フェンは後ろに下がると、静馬はますます刃の冴えが増していく。

 素早く駆ける白刃が、縦横無尽に敵の身体を斬り払う。彼の剣舞に応じるように、血花が舞い、紅い吹雪となって宙を舞う――。

(あ、れ……)

 微かな、違和感だった。

 血飛沫が舞い上がるたびに、何故か、紅い靄が宙に満ちていく。一瞬の血煙――では、ない。明らかに、血は霧のように空中で留まっている。

 それどころか、血だまりから不自然に、靄が立ち上り、徐々に視界が赤くなっていく。

「フェンッ! だめっ! これ以上、血を流させないで――!」

 後ろからのミアの悲鳴に、思わずフェンは息を呑んだ。

 この不自然な敵の動きは、まさか――ッ!

 視界の中で、静馬がゆるやかに後ろに下がる。その刃は、いつの間にか鞘に納められている。激しい気迫が全てその一刀に集められる。居合抜きの、構え――。

 海賊を吹き飛ばした、あの衝撃波を放つつもりだ。

 フェンはそれを制そうと口を開いた――瞬間、澄んだ鍔鳴りの音が鳴り響いた。

「絶技――」

 それは、必殺の宣告。もはや、刃は止まらない。

 静馬はいっそ厳かに、目の前に向かい来る亡者たちに向けて――。


「――〈散花刃〉」


 刃を、解き放った。

 一瞬の空白――その中で動くのは、刃の軌跡で舞い降りる血吹雪のみ。

 一拍遅れて、引き裂かれた黒ずくめたちが崩れ落ち、鮮血が吹き上がる。その血潮が、宙に満ちた瞬間――。


 どくんっ、と激しく地面が揺れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る