第11話

 静馬とフェンたちが、封印の祠に突入する少し前――。

 アウレリアーナはカグヤ自治州のひなびた村を訪れていた。

 木で造られた小屋が立ち並ぶ、東方様式の家々。その家の間には石で整備した水路が流れている。村の中心には――なんと、水が天に向かって噴いている。

(これ――『彼』の発明ね)

 アウレリアーナはそれを眺めて苦笑いをする。

 これを発明したと思しき『彼』はアウレリアーナの友人であり、さまざまな知識を提供してくれる青年だ。この村にいろいろな知識を提供しているようだ。

 その噴水の周りで、子供たちが無邪気に遊んでいるのを遠目に見ながら、足を村の外れ――水が流れてくる上流の方へ足を向ける。

 そこは少し急な斜面――だが、登りやすいように石造りの階段が拵えられている。

 その先には、二階建ての立派な家がある。

(『彼』が言うにはログハウス、だったかしら……)

 角材を積み上げて作った、という立派な家を目指していくと――そこのテラスに一人の女性が、赤ん坊を抱えてあやしているのが見えた。

 黒髪の東方風な顔つき――にこにこと愛嬌のある女性はこちらを見て目を丸くする。

「アウラ様――」

「ええ、こんにちは、シンク。あと、遅くなったけど、出産おめでとう」

「ありがとうございます……抱いてみます?」

 まだ、幼さをどこか残す、その女性――シンクはにこにこと笑いながら赤子を見せてくる。その顔つきは、旦那の方に似ているが――目元が、シンクに似ている。

 アウレリアーナは少しだけ惹かれたが、首を振って笑う。

「ごめんなさい、それよりも優先したい用事があって」

「あ、すみません――夫の方ですか?」

「ええ、頼んでいたことがあると思うけど」

「分析は、終わっていますよ」

 見透かしたように、シンクは微笑んで赤ん坊を抱き直しながら、テラスからゆっくりと出て家の裏手の方に歩き出す。アウレリアーナは、その後ろについて歩いていく。

 家の裏にも、いくつか建物があった。掘立小屋の納屋や厩に、石窯まである。

 その石窯の前に――その青年が腰かけていた。

「クウヤ」

 シンクがその名を呼ぶ。青年は振り返り――にこり、とアウレリアーナに笑いかける。

 柔らかい物腰であるが、どこか芯を感じさせる精悍な顔つき。それは二年前、出会ったときと変わらない。穏やかな彼の笑顔に、アウレリアーナは微笑み返す。

「これは、アウラ様。ご無沙汰しています」

「ええ、御機嫌よう。クウヤ」

 彼こそがカグヤに住む知識人である『彼』――クウヤだった。

 豊富な知識にはある事情があり、運命の巡り合わせで静馬とアウレリアーナと出会ったクウヤ。以来、彼にはその知識を時折、貸してもらっている。

 剣の腕も立つのだが、平和を愛するため、あまり振るおうとはしない。

(ま、それでいいと思うけどね。平和にこしたことはないし)

 アウレリアーナはそう思いながら、村の方を視線で示して訊ねる。

「またお洒落なものを作ったわね。あの広間の、水を噴く装置」

「ああ、噴水ですか。斜面から流れる水の勢いを利用したものなんです。シンクに手伝ってもらって設計図を引いたんです。もしよろしければ差し上げますが」

「――誘惑だけど、それはまたの機会にするわ。それより、手紙とモノ、受け取っているわよね? モノの解析をお願いしたはずだけど」

 モノと言うのは、言うまでもなくゲイリーが持ち込んだ花だ。

 彼はこの花をウェルネスに持ち込むために入国し――何の因果か、風神の巫女に巻き込まれることになったのだ。

 アウレリアーナはそれを思い出しながら、懐から巾着を取り出す。そこには少しばかりの謝礼が入っている。それを差し出そうとすると――彼は眉を寄せて首を振る。

「――どうしたの?」

「それを受け取る前に――聞きたいことが、一つ」

「……何かしら」

 言葉が思いのほか、険しい。彼はこちらを用心するように見つめながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「あれを、何のつもりで取り寄せたのか、お伺いしたいのですが」

「――手紙に、書かなかった? ある貿易商が持っていたものを接収して、気になったから分析の方をお願いしたのだけど」

 困惑しながらアウレリアーナが訊ねると、クウヤは真っ直ぐに彼女の目を見つめながら、忌々しそうに告げる。

「なら、これの輸入を停止すると約束して下さい。あるいは、絶対に軍用として利用しないということも」

 そう告げながら、彼の放つ気迫は――凄まじい。まるで、静馬を彷彿させるような激しい気迫に、アウレリアーナは後ずさり――。

 その前に、すっとシンクが割り込んだ。穏やかな口調で旦那に言う。

「クウヤ。アウラ様に失礼よ」

「――失礼しました。アウラ様」

 ふっと気迫が消える。それに安心しながら、アウレリアーナは一つ吐息をついた。視線をクウヤに真っ直ぐ向け、真剣に告げる。

「約束するわ。軍用利用は決してしない。輸入も制限するわ。もし、何か事情があって取り寄せるときは絶対に、私が管理する。でも、なんで――?」

「――ありがとうございます。では――こちらを」

 彼はそう言いながら、石窯の横にある棚から一つのガラス瓶を取り出す。

 球体の形をした、半透明のガラス――彼が、フラスコと呼んでいる容器だ。その中には、液体が入っている。


「この液体は、あの花の花弁から抽出したものです」

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