第10話

 フェンたちが洞窟に足を踏み入れたのは、しばらく経ってからだった。

 アッシュがカンテラを持ち、フェンと共にミアを両脇で護るように立つ。前衛は静馬、後衛はユーラが担当していた。

 念には念を入れた、護衛の陣形で、ゆっくりと五人は進んでいく。

 涼しい風が、洞窟の奥から吹き抜けていく中、静かな足音だけが木魂する。

 ふと、その中でアッシュが口を開いた。

「聞いてもいいか、シズマ」

「ええ、どうぞ?」

「何故、俺が明かりを持つ必要がある?」

「それはもちろん、この中でアッシュ殿下が一番、弱いので」

「え――ちょ、シズマっ!? 失礼だよっ!?」

 慌ててフェンはアッシュを気遣うように見る。だが、彼は愉快そうに口角を吊り上げた。

「なるほど、そうか、そうか……」

「アッシュ殿下に建前は必要ないと思いましたので、遠慮なく言わせていただきました。ご容赦を」

「構わん。構わんよ……ふっ」

 平然とアッシュは告げる――だが、若干、こめかみが引き攣っているのが分かる。

 珍しいことに、アッシュが傷ついているらしい。

(あの大胆不敵で堂々としている殿下が……?)

「――なんだ、その目は」

 フェンが思わずアッシュを見つめていると、彼は憮然とした声でフェンを見た。

「ああ、いえ、その――」

 なんて答えようか、思わず迷っていると――不意に、手が引かれた。

 見ると、ミアが小さな手でフェンの手を握っていた。彼女は大きな瞳をぱちくりさせながら、遠慮がちにアッシュの方に手を伸ばし――そっと手を握る。

「――仲良く、して、欲しい……な。フェン」

「あ――うん」

「む……」

 なんとも言えなくなってしまう。小さな掌に言葉が封じ込められてしまった。

 アッシュを見ると、彼もまた何も言えず、手も放せなくて困惑していた。視線が合うと、どこか気まずくなって視線を逸らす。

 なんでだろう――なんだか、まるで……。

「夫婦、みたいですね」

「ああ、新婚か。微笑ましい」

 前後からのからかうような声に、フェンは思わず顔が真っ赤になった。アッシュは噛みつくように言葉を返す。

「まだ子供はいないっ!」

「へぇ――まだ、か」

 その一言に、ふん、と鼻を鳴らして顔を背けるアッシュ。

 カンテラのせいか、その横顔が赤いような気がして――。

 なんだか、珍しい一面ばかり、見ている気がする。

(――この国に、来られてよかったな)

 少しだけそう思い、ミアの小さな手を握り返しながら、ゆっくりと通路を進んでいき――。

 不意に、静馬が足を止める。手を挙げ、制止の合図。

 同時にフェンも気づいた。遠くから響く、掠れたような風の音――。

 笛の、合図だ。

「緊急の合図です。恐らく、何者かに――」

 そう言いかけた静馬は言葉を切り、背後を振り返る。そこからも響く笛の音。こちらは、はっきりとしている――舌打ちを一つ。

「しまった、挟まれたか……」

 湿った空気が、奥から流れてくる――それに交じっている、血の匂い……。

「まさか、敵が待ち伏せしているなんて……」

「敵に追われている以上、覚悟していたが。やはり、ここで仕掛けたか」

 フェンと静馬は刃を続けざまに抜き放つ。静馬は鋭く声を背後に放った。

「ユーラ、人数はッ!?」

「――出口に五十、先に二十です! 先鋒、後詰、全滅――敵、来ますッ!」

「迷っている暇すら与えてくれないか」

「――どうするの、シズマ」

「決まっている。後ろに行けば、斬り捨てるうちに後背を衝かれる。ならば――」

 フェンの問いに、静馬は口角を吊り上げ、刃を前に突きつける。

「前に、突き進むまでだ――駆けるぞ! みんなッ!」

「応ッ!」

 頷き合い、両国切っての精鋭たちが一気に前へと駆け出した。

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