第8話

 フィラ丘陵――かつて、ウェルネス王国と旧カグヤ王国がぶつかった場所。

 凸凹と小さくなだらかな丘がいくつも並んでいる。草原地帯とはいえ、斜面で馬を駆けさせるのは少し危ない。フェンたちは待機する飛鳥に馬を預け、徒歩で進んでいた。

 先導して歩くミアが、ふと足を止めて声を上げる。

「――ここが、封印の祠」

 その言葉に応じて、静馬は手を挙げて騎士たちの足を止めさせる。

 ミアを護衛した、フェンたち一行はその祠に辿り着いていた。

 丘陵地帯の中央にあった、一際大きな丘の中腹。そこで足を止めたミアの言葉に、アッシュは腕を組んで眉を寄せた。

「――何も、ないが?」

 そこは、なだらかな斜面の途中――少し急な以外、何もない。

(だけど――何か、感じる)

 神の領域の、気配。この丘の中――そこからフェンは気配を感じ取っていると、静馬はその場で膝をつき、掌を当てて頷く。

「風の通り道――空洞があるな。みんな、場所を開けてくれ」

「ん、そう――その辺のスペース。うん」

 少し騎士たちを下がらせ、ミアの後ろに静馬は立つ。その傍らでフェンとアッシュが見守っていると、彼女は手を胸の前で組み、祈り始める――。

 ふわり、と翡翠の風が吹き抜ける――瞬間、草原の表面が動き始めた。

 まるで、意志を持った動物のように草原は、左右にもぞもぞと這うように動いていく――。

 やがて、その草の下から、ぽっかりと大の大人が入り込めるような通路が顔を覗かせた。

「これは――どういう仕組みで……」

 アッシュは唖然としながら、その洞窟を覗き込む――フェンも思わず目を奪われていると、小さく息を弾ませながらミアが笑う。

「風神様の、力……っ」

「大丈夫か? ミア」

「ん――少し、疲れただけ」

 静馬に支えられたミアは、顔色は明らかに悪い。だが、彼女は気丈に笑う。

「大丈夫だから――行こ?」

「いや――」

 静馬は一旦、それを制すると、洞窟を覗き込んでわずかに鼻を鳴らす――やがて、鋭い声で発した。

「ユーラ、どう思う」

「はっ」

 騎士の間から、一人の黒装束の少女が出てきた。驚いたようにミアがびくりと身を震わせ、フェンはわずかに眉を寄せる。

(あれ、こんな子、中臣隊の中に交じっていたっけ……?)

 無表情な少女は、静馬の傍に並ぶと、微かに鼻を鳴らし、地面を靴で蹴る。そして、出入り口付近の壁や床を確かめ――ふと、指先で枯草を摘まみ上げる。

 それを確かめるように指先で擦り合わせてから、ささやくような声で告げた。

「――ここ数日に、出入りはありません。中は、狭い通路――反響具合から、石造り。トラップなどは、見受けられません……何か、懸念事項でも」

「……人の気配は、ないか?」

「少なくとも、ここの近くは」

「そうか……ミア、この中に隠し通路は?」

「――ごめん、なさい、全容はよく、分かっていない」

「……分かった。少し不安ではあるが……虎穴に入らずんば虎子を得ず、だな」

 静馬は小さく頷くと、アッシュを振り返って告げる。

「敵の存在はないようですが――狭い通路で、人数を入れるのは下策でしょう」

「そうだな――先鋒、中衛、後詰で分かれよう」

「分かりました。では――」

 静馬とアッシュは話し合い、瞬く間に段取りを決める。最初に騎士五人が斥候代わりに先陣を切り、その後から中衛がミアを護衛して進み、後詰の五人の騎士が背後の警戒を担当する。人選も、二人が決め、残りは外で待機を命じる。

「中衛は自分とアッシュ殿下、フェン――そして、このユーラで行きたいと思います」

 静馬は小柄な少女を手招きし、傍に彼女を置きながら告げると、アッシュは腕を組んで眉を寄せた。

「――シズマ、その小娘は、当てになるのか?」

「殿下、失礼ですよ……」

 フェンはそうたしなめるものの――確かに、疑問だった。

 見た目は、十五ほどに見えない。静馬と並ぶと、ユーラはまるで妹のようだ。彼女は無表情を揺らがすことなく、順番にアッシュとフェンを見やる。

「――ユーラ、怒るなよ?」

「怒って、いません」

「怒っているじゃないか――顔に出ているぞ」

 ちなみに、ユーラは全くの無表情である。唇を固く結んでいるくらいだが、それでも起こっているようには見えない。ひたすら、表情が動かないのだ。

 だが、静馬には怒っているように見えるらしい、頭を軽く撫で、視線をフェンに向ける。

「仕方ない――フェン、悪いけど、手合せしてくれないか」

「え、っと――ユーラさん、と?」

「ああ、そうだな――三本先取で勝ち。そういうやり方なら、お互いに実力が見えるはずだ。本気でやってくれて構わない。何なら抜き身の刃でもいいけど」

「う……でも、それはさすがに」

「そこまで時間が掛からないし、頼む」

 静馬の頼みに、フェンは困ってしまい、アッシュへ判断を伺うように視線を向ける――彼は目でやってみろ、と答えてくる。

(――仕方ない)

 フェンはため息をつき、足場を確かめながら腰から剣を抜き放った。

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