第6話
神隠し伝説――その言葉は、今まで一度も出なかった単語だ。
アウレリアーナの当然の疑問に、学者たちは何故か震えあがり、机の上で頭を下げる。
「は……殿下、その、平にご容赦を……」
「え、ええ、勝手な想像話なのですよ。あはは、ただの失踪事件であって」
「別に怒ったりしないから。その伝説について、話しなさい?」
アウレリアーナは諭すように告げると、学者たちは目を合わせ、観念したように吐息をつく。年老いた学者は顎鬚を撫で付けて不承不承告げる。
「初代王、ガイウス陛下が国を併合した後の話です――ある年、ガイウス陛下が不意に精鋭を率いて、自ら出兵した、という記録があります。賊の討伐、という名目でしたが――返ってきた兵は、ほとんどありませんでした」
「時を同じくして、カグヤにも似たような文献があります。時の政権を担った、カグヤの頭領が軍を率いて西方に向かい――その半数以上が神隠しにあった、と」
「その進軍路の記録を辿ると――両軍は、絶対にフィラ丘陵に辿り着いているのです」
だが、そこで軍の大半が蒸発した――故に、学者の中でひそかにそこで軍の激突が行われたのではないか、という推測が立った。
その言葉に、アウレリアーナはわずかに不可解そうに眉を寄せる。
「なによ、それ。私は聞いたことないわよ」
かつて、ウェルネス王国と、旧カグヤ王国が激突した場所として、フィラ丘陵があることは知っている。だが、その百数十年前――建国当初にそのようなことがあったのは、王族たるアウレリアーナさえ知らない。
その言葉に、学者たちは顔面蒼白になりながらも説明してくれる。
「それは――その、この推測は『踏み込んではいけない領域』として学者間で、忌避されているのですよ」
「踏み込んでは、いけない、領域?」
先を促す。おずおずと、年老いた学者は震える声で言葉を紡ぐ。
「この学説は、私の若い頃に流行ったものでして――これに興味を持った仲間たちは、その真偽を明らかにしようと、フィラ丘陵に向かったのです、が……」
そこで一息つくと、彼は絞り出すような声で告げる。
「誰、一人として帰ってこなかったのです」
「だから、これは知られては都合が悪い――だから、何者かに粛清されている。そう判断して――我々は口を噤んでいるのです」
過去、大軍が消え、今も尚、人が失踪し続ける土地――フィラ丘陵。
それ故に、神隠し伝説。ウェルネスの学者たちが、一様に口を噤む理由だ。
学者たちはそう締めくくり、恐る恐るアウレリアーナを見やる。その顔面は蒼白で、今度は我々が神隠しに遭うのではないか、と言わんばかりの恐怖顔だ。
だが、アウレリアーナは鼻で一蹴し、バカバカしいと呟く。
「王族は関与していないわよ。そんなの」
「さ、左様ですか――は、はは……」
「だけど、気になるわね。フィラ丘陵――神隠し、か」
そうつぶやき、ふと思考の隅で何かが引っ掛かる。
そういえば、ごく最近、同じ言葉――神隠しを、どこかで聞いた。
そう、思い出すまでもない。静馬のあの文字は、一つ残らず覚えている。
(港町の、商会失踪事件――あれも、神隠し、だった)
妙なところで、線が繋がった。ちらり、と地図上のフィラ丘陵に視線をやる。
思い返すと、フィラ丘陵の周りでも怪死事件があった。無論、全てが全て、そうであるわけではないのだが。
そして、封印の祠も、フィラ丘陵――。
全てが、フィラ丘陵に繋がりつつある。
「――分かったわ。ひた隠しにしていたことは、不問にしてあげる。その代り、貴方たちにお願いがあるわ」
「は、はっ、なんでしょうか」
恐縮し切りの学者たちに、にっこりとアウレリアーナが笑いかける。
「フィラ丘陵周辺の怪死、失踪、その他の案件を全てまとめて欲しいの。そうね、そのウェルネス、カグヤの軍勢が消失したくだりも含めて」
「そ、それはきっと、膨大な量になるのでは……」
学者たちが別の意味で顔面を白くさせる。だが、アウレリアーナは真面目な顔で、面々を見渡してはっきりと続ける。
「もしかしたら――貴方たちが恐れていた、神隠しについて分かるのかもしれないの。これまで失踪した学者たちの行方をはっきりさせる意味でも――お願い」
その真摯な頼みに、学者たちは顔を見合わせ――。
一人の老学者が声を上げる。
「やりましょう――友人の無念が、晴らせるのなら」
その勇気ある一声が、合図だった。学者たちが次々と声を上げる。
「わ、私も!」「お、俺も!」
「ええぃ、殿下がついているんだ、神隠しなんて怖くねえ!」
「ええ――神隠ししてい奴がいるなら、私がぶった斬ってあげるわ。安心なさい」
アウレリアーナは力強く請け負い、初めに名乗りを上げた老学者に声をかける。
「――頼んだわよ。些細なことでもいい、はっきりしたことが分かれば、私の騎士に教えて。先ほども言ったけど、私は現地に向かってみる」
「頼みましたぞ。殿下――友人の無念を」
「ええ、仇は取るわ」
力強く請け負い、アウレリアーナは踵を返す。
その背後で、学者たちは意気揚々と議論を交わし始める――まるで、長年の呪縛から解き放たれたかのように。
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