第5話
三者三様の語らいを見せる港町から遠く離れ――。
同じころ、ウェルネスの王都宮殿。
そこの書庫には、数人の文官が慌ただしく動き回っていた。メモを片手に、さまざまな本棚を行き来している。彼らが集める本は、書庫の中央のテーブルに集められていた。
そこで、アウレリアーナは、ひたすらに集められていた本に目を通していた。
(ヴァイス一族は、建国以前のカグヤとも交流があった――)
ぼろぼろになったページ。力を入れれば、破れてしまいそうな手帳。
それは、過去、遊牧民族について調べた宮廷考古学者の手帳だった。
彼は、足取りの分からない民族について辿り、特にヴァイス民族に注目したらしい。
ヴァイス民族は、昔から雨乞いや豊作の祈りに定評があり、巫女の少女が祈りを捧げるだけで、風を吹かせ、雨雲を集めて来たという。
その一族には、さまざまな儀式が伝わっており、摩訶不思議な力も備わっていた。
建国の初代王、ガイウスは言葉を尽くして、ヴァイス民族を味方につける。
だが、建国してしばらく経ったあるとき、セーラ・ヴァイスを残して、行方をくらましてしまった、という。
考古学者は、その足取りを追い続けた――だが、それは掴めなかった、という。
この記述を見る限り、ヴァイス民族は確かに、風神の加護を受けた一族だったようだ。だが、その他――特に、黒の魔人に関しては……。
「ううん、イマイチぴんと来ないわね……」
アウレリアーナはそっと手帳を閉じる。
周りには、他の文官や学者も文章をめくって確かめている――宮廷御用入りの学者を集めて、文献探しに協力させていた。
(むしろ、みんな協力的だったけど)
神という名前に、目を輝かせて嬉々と文献をあさり始めたのだ。
学者と言うのは、未知の存在に対して、好奇心を十二分に発揮するらしい。助手たちを懸命に働かせながら、自分は文献に目を通している。
――だが、それでも。
「ううむ、殿下、さすがに黒の民族――という名だけは分かりませんなあ」
「神を模した人形を作る、だなんて……さすがに眉唾です。ああいや、殿下のことを嘘吐き呼ばわりしているわけでは――」
「分かっているわ。私もにわかに信じられないもの」
周りに集まった学者たちに、アウレリアーナは笑って答えながら、内心では少し複雑な思いだった。多少濁して調べるようお願いしているが――。
(本当に、実物の神に会った、と言ったら、さすがに狂人扱いされるかもね)
一国の主が、そう呼ばれるわけにもいかない。
故に、正直には伝えられず――少しだけ、肩身が狭い思いをしていた。
「黒の民族は手詰まり、ヴァイス民族はもう少し掘り下げられそうだけど――ああ、フィラ丘陵については、何か分かったかしら」
そう問いかけると、何故か微妙な空気が流れた。
その言葉に、学者たちはぎこちなく愛想笑いを返して首を振る。視線を逸らす学者もいるくらいだ。なんだか怪しい。
問い詰めようか悩んでいると、比較的若い学者が遠慮がちに声を発した。
「――殿下、こちらにフィラ丘陵についてまとめられたものが」
「何か分かったかしら」
その学者が書物を差し出しながら、軽く説明する。
「殿下が仰るには、ここに封印の祠があると思われる、と仰っていましたが、恐らく間違いないかと。こちらの記述をご覧ください」
「なるほど、神霊信仰の記述があるわね……ちなみに、フィラ丘陵に関して、一番、古い記述はあるかしら。建国頃前後のものはある?」
「ええ、一応、ありましたが――」
その学者は躊躇するようにゆっくりとページをめくる。
「そこに、原文のまま記載されているのですが――正直、眉唾もので、正しいのか」
『フィラの平原は、神が眠る地である。その場ゆえに、何人たりとも住んではならぬ。狩りをしてもならぬ』
「フィラ、平原?」
丘陵とは書かれていない。前後の文脈を確かめるが、完全な平原として書かれている。
「ええ、縮尺や位置の記載も合わなくて――もしかしたら、別の場所を示しているのではないか、という見解です」
「――じゃあ、これは頼りにならないわね。他の文献は、ないかしら」
その言葉に、学者は肩を竦めて首を振る。
「実質的にフィラ丘陵はカグヤの地でしたからね――正直、文献が少ないのです」
カグヤ自治州――旧カグヤ王国は、約二十年前に、ウェルネス王国に併合された王国だ。なるほど、とアウレリアーナは頷く。
「他に、フィラ丘陵に気づいたことはあるかしら。貴方たちの学説でもいいわよ?」
冗談めかした問いだったが――何故か学者たちが視線を泳がせる。
また、だ。フィラ丘陵について訊ねると、変な雰囲気になる。
「が、学説? いや、フィラ丘陵に関してはありませんよ」
「う、うむ、誰一人調べようとは思いませなんだ」
「――どうしたのよ、みんな」
学者たちを見渡すが、全員が何故か黙り込んでしまう。逆に不自然だが――。
「まあ……言いたくないならいいわ」
逆に学者たちが揃って口をつぐむのなら、少し現地で調べれば分かるはずだ。
(詳しい文献は……『彼』に頼むかしら)
幸い、カグヤには信頼できる知り合いがいる。
ちょっとした知識人で、平和をこよなく愛する若者だ。あまり血生臭いことには巻き込みたくないが、少しの調べ物なら頼ってもいい、気がする。
確か、彼が住んでいるのも、フィラ丘陵の傍だったはずだ。
(けど、この前も彼、頼っちゃったのよねえ……ゲイリーの荷物調査で)
ゲイリーの持ち込んだ荷物――白い花を思い出す。
見かけない品種だったから、いくつかをゲイリーに断って受け取り、その知識人の彼に送って調べてもらうようにお願いしていたのだ。
これ以上、頼み込むのは気が引けるが――背に腹は代えられない。
「――もう少し、調べていてもらえるかしら。みんな。何か分かったら、私の騎士に伝えて欲しいの。私は、現地に行って調べてみるから」
「かしこまりました」
露骨にほっとした学者たちの声を聞きながら椅子から腰を上げ――ふと、アウレリアーナは何気なく彼らに冗談めかして訊ねてみる。
「ちなみに、他に気がついたこと、あるかしら。些細なことでもいいのよ。何かの伝説みたいなのでも」
「伝説――あ、神隠し伝説……」
一人の若い学者がぽつりと呟き、それに学者全員が異様な反応を示した。
ぎょっと固まる学者、「ばかっ」と口をふさぎにかかる学者、空々しく視線を逸らす学者――その面々の異様な反応に思わず、アウレリアーナは眉を寄せる。
「……なによ、神隠し伝説って」
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