第2話

 静馬の説明によれば、被害者は五十名を超えているということだ。

 最初は、ただの変死体として、カグヤ自治州の代官が調査を始めていたが、実態が掴めなく、州都でも被害者を出すに至り、騎士団の派兵に至った。

 巡回を強めることで、犠牲者を押さえたものの、未だ被疑者逮捕に至らない。

 事態を重く見たアウレリアーナが、静馬を派遣し、調査を行っていた――。

「――なるほど、確かに不可解な事件だな。血を抜かれている、か」

 参考に渡された資料を、ぱらぱらとめくりながらアッシュは顎に手を当てて考える。静馬は頷きながら答える。

「現場では流血の痕跡は、わずかしかないにも関わらず、死体は干からび、からからになっていました」

 それを聞きながら、アッシュは紙をめくって一枚に目を留める。

 一度に、六人が怪死――血を抜かれた事件。それを見やり、軽くつぶやく。

「木桶で六杯、か」

「――血の量ですか」

 流石に、鋭い。静馬の問いかけに、アッシュは頷き返しながらページをめくる。

 似たケースが他にも二つある。それを眺めながら、アッシュは思考を巡らせる。

 特徴的なケースでその特徴に目が行きがちだが、これを通常の殺人事件だと考えてみると――何か、見えてくる気がする。

「何か、分かりましたか?」

「――ああ、そうだな……地図は、あるか?」

「ありますが……」

「今から言うところを、チェックしていってくれ」

 慌ただしく静馬が地図を取り出し、テーブルに広げる。それを見やりながら、アッシュは書類に目を通し、事件のいくつかの現場をピックアップする。

「カルゴ村、ハンニの町、エスタール鉱山、モミジ村――」

 その言葉に従い、静馬は次々と地図上に印を打っていく。

 その数が十になったとき、明らかにそこに分かりやすい傾向が出始めていた。アッシュは最後に一言添える。

「そして――シズマ、お前がミアを保護した場所」

 彼の羽ペンが、くるり、と一点を印す――印たちは、明らかに一か所に集まっていた。

 それを静馬は目を見開いて眺めている。ぱたん、とアッシュは書類を閉じ、軽く鼻を鳴らした。

「恐らく、そのあたりに敵の本拠があるのではないか?」

「なんで――どうして、これが……」

「血を抜いたとなれば、それは膨大な量だ。だが、その痕跡は発見されていない。もし、仮にしていれば、報告が述べられているはずだ」

 書類のファイルを軽く叩きながら、アッシュは淡々と語る。

 静馬は、丁寧な仕事をする人間だ。その痕跡を見逃すとも思えない。とすれば――これらの事件で、血液は全て持ち去られたと考えられる。

 そして――現場の資料は、克明にこの書類に残されていた。

 地形から、そのときの天気、状況まで――丁寧に。

(それだけの証拠があれば、推測は容易い)

「血液は、凝固しやすく劣化もしやすい。何かの目的で運ぶのならば、迅速に運ぶ必要がある――だが、どうしても迅速に運べない場所がある」

 そう語りながら、アッシュは目を細め、地図に視線を向ける。

 そっと駒を置くように、しなやかな指先をある一点に伸ばした。

「カルゴ村――四方が木々に囲まれた立地。馬は使えない。ハンニの町――近くに水路があるが、この日は豪雨だ。まともに使えない。エスタール鉱山――道は一本道だが、険しく馬は愚か、牛ですら歩めない」

 逆に交通の便のいい場所や、水路が走っている場所は印を打たせなかった。

 そこからなら、馬や船を使って迅速に広範囲に運べるからだ。

 まるで、白黒棋を打つかのように、次々と彼は指先を滑らせていく。

 それに静馬は感心したように小さく唸り声を上げる。

「なるほど――確かに、血の行方は考えていませんでした」

「さて。ここまで絞り込めば、大体、敵の本拠が分かりそうだな。シズマ」

 アッシュの問いかけに、静馬は小さく笑みを浮かべる。

 だが、心なしか、その笑みは強張っている。

「ええ――おかげさまで、一点に繋がりそうです。殿下」

 彼はそう言いながら、印に囲まれた一帯の中心を指し示す。そこには、拓けた丘があるようだ。そこを示し、静馬ははっきりと告げた。

「ここは、フィラ丘陵――封印の祠があります」

「なるほど――」

 確かに、つながったようだ。アッシュはつぶやき、深く息を吐き出す。

 覚悟を決める必要があるようだ。

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