第四章 祠へと至る道

第1話

 船が着岸する頃には、もう日は暮れていた。

 静馬たちが上陸すると、そこには一週間ぶりに会う、仲間たちがずらりとそこで勢ぞろいしていた。拝礼と共に、一人の女騎士が進み出る。

「静馬隊長、中臣隊参上いたしました。任務、お疲れ様です」

「ご苦労――指揮権を預かる。エリカ」

 そう言いながら、桟橋で待っていてくれた面々を見渡していく。

 離れていたのは、わずか一週間だ。それでも、何故か懐かしく感じる。一人一人の顔を見つめ、その健在を確かめると、後ろにいるアッシュを振り返った。

「アッシュ殿下、紹介いたします。ここの集った面々は、私の部隊――通称、中臣隊です」

「ああ――アッシュ・エイデンだ。ウェルネスの騎士に会えて光栄だ。互いに、この国難に対応して欲しい」

「はっ」

 一斉に拝礼を返す中臣隊。その練度に満足げにアッシュは頷いて口角を吊り上げた。

「なかなかの部隊だな。シズマ」

「自慢の部下たちですよ――さて」

 静馬はそう言いながら、ここまで部隊を率いてくれたエリカに視線を投げる。はい、と彼女は頷いて応えた。

「時間が遅いので、宿の手配はしてあります。軍の宿舎になりますが」

「構わない。我が軍の騎士たちも収容できるだろうか」

「問題ありません。エリカ、案内をお願いできるか」

「了解しました」

 彼女は一礼し、中臣隊と共に火の国騎士を案内していく。それを見送りながら、静馬はその場に残り――背後に声を発した。

「ユーラ、いるだろう?」

 返ってくるのは、沈黙。だが、静馬は視線を一か所に向ける――桟橋の下へと。

 しばらくして、そこからもぞもぞと一人の少女が這い出てきた。

「――やはり、シズマさんは、鋭い」

「それで? なんでそこに隠れていた?」

「火の国の騎士で、気づけるものがいるか判別をしようと」

「まあ、誰も気づけなかったが――」

 つまり、あの場でユーラがアッシュを暗殺しようと思えば、できたということだ。

「――ここに潜んでいたことは、口外するなよ? そんなことをしていたとバレれば、騎士たちの不信感につながりかねない」

「それは、もちろんです――それより」

 ユーラはそっと彼に寄り添うようにして、小さくささやく。

「アウラ様から、お傍にいろ、と命じられました。シズマさんの、懸念を汲んだ形、です」

「助かる――この一件、想像以上にきな臭いかもしれない」

 風神が何か隠していることもそうだが、あの途中で再び襲ってきた海賊たち。あの正体も、非常に気になる。ミアを追った黒ずくめと同じ匂いがした。

 中規模の最新船を用いることのできる、部隊――。

 もはや、あれらは野盗レベルの賊ではなさそうなのだ。

(――っと、そういえば、中規模な最新船といえば……)

 ふと思い出し、静馬は傍のユーラに問いかける。

「ちなみに、この港町で突然消えた、商会の件だが……行方は掴めたか?」

「アウラ、様の命で調べましたが――それが、足取りが全く、掴めず」

 やはり、調べてくれたらしい。ユーラは申し訳なさそうに肩身を狭める。

 静馬は頷きを返し、質問を変える。

「じゃあ――その商会の保有していた船は分かるか」

「分かり、ますが……」

「中型のジャンク船か? 色は、黒」

 その問いに、微かにユーラの目が見開かれた。おずおずと、小さく頷く。

「ご明察、です。どうして――?」

「その船に襲われたからだ」

 静馬は答えながら思考を巡らせていく。

 港町の神隠しと、黒ずくめが繋がった――だが、調査していた怪死事件とは、全くつながらない。これは、全くの別件なのだろうか。

(いや、いずれにせよ――)

「ミアを狙う刺客と、怪死事件の犯人。この両者が、目下、脅威として考えられる。同一組織かもしれないが、根拠がない以上、分けて考えるべきだ」

「分かり、ました――その二者から、火の国の要人たちを守る必要が、ありますね」

「ああ、頼めるか? ユーラ」

 静馬の言葉にユーラは深々と頷き、頼もしい声で応えてくれた。

「バックアップはお任せ下さい」

 そして、ユーラは淡い微笑みを見せてくれる。無表情な彼女が、シズマにだけ見せる、特別な表情――信頼の、証。

 静馬はそれを見つめて笑い返すと、軍の宿舎の方へ二人で歩き出した。


「怪死事件――だと?」

 静馬から聞かされた、その不穏な言葉にアッシュは眉を寄せた。

 港町ジェバドにある、騎士団詰所の宿舎――そこの一室で一息ついて間もなく、静馬が訪ねてきていた。ちなみに、フェンは、ミアとゲイリーの様子を見に、席を外している。

 静馬は申し訳なさそうに小さく頷き、言葉を続ける。

「我々の治安維持の至らなさを申し上げるようで恐縮ですが、犯人の検挙に至ってはおりません。複数犯であることは、ほとんど間違いないのです」

「ふむ、警戒するに越したことはないが――火の国に、シズマの配下もいる。恐れるに足りないのではないか?」

「ええ、普通の犯人ならば、そうでしょう。ですが……あの黒ずくめが関与しているとすれば、話は別です」

 アッシュは片眉を吊り上げ、少し黙り込む。腕を組み、低い声で訊ねた。

「根拠はあるのか?」

「残念ながら。ですので、関与している場合と、関与していない場合の、二方面で捜査を行っています。まだ、成果があげられていないので、何とも言えませんが……念のため、殿下にはお耳に入れた方がよろしいかと」

「なるほど、確かに承った――だが、気になるな。怪死事件とは」

 話を聞いたときから気になっていた。殺人事件という言い回しではなく、怪死事件と言った。アッシュの問いに、静馬は頷く。


「被害者は――全員、血が抜かれて死亡しているのです」

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