第7話

「えい! おう! えい! おう!」

 甲板の下で、騎士たちが息を合わせて櫂を漕いでいる声が、響き渡ってくる。

 帆に風を受け、櫂で加速する――そのせいで、追い波が船尾に降りかかる。だが、それだけに十分な速度を上げて、ぐんぐんと海を渡っていく。

 だが、その努力をあざ笑うかのように、漆黒の船が、近づきつつあった。

「中型船。見覚えのない形状ですが――」

「ジャンク船、だな」

 飛鳥の疑問に応えたのは、アッシュだった。静馬が眉を寄せると、船尾に立って舵取りをしている船長が補足してくれる。

「船頭と船尾がそり返っているので、まるで三日月の上に載っているかのような船になります。帆も三枚ある上に、横に竿を渡しているため、風で膨らむことない上に、しっかりと風を逃がすことなく受け止め、丈夫になっております」

「大型ジャンク船は、船底が平らだが――あれは、船底が尖っている。どう見る? 船長」

「――追いつかれます。この船は、商船を前提になっていて速度が出ません」

 こうして解説があると、よく分かる。

 どうして船同士、速度の違いがあるのか、と思ったが――水の抵抗をなくしたり、帆に工夫を重ねることで、速度を上げているのだ。

 だが、飛鳥がそれを理解できないのか、目を白黒させている。

「まあ――自分たちは騎馬民族だからな。ここは、アッシュ殿下の采配にご期待するしかない」

「承知した。そのうち、二人にもお力を貸していただこう」

 彼はそう言いながら、背後を振り返って海賊船との距離を確かめた。

 その傍にフェンは立ち、控えめな口調で告げる。

「ここに水神と、風神の巫女の力があります。何かがあれば――」

「それは、奥の手だ――いずれにせよ、お前たちの力は消耗しやすい」

「しかし――」

 まだ何か言いたげなフェンを、アッシュは視線で制した。思わず口を噤んだフェンにアッシュは少し迷うように視線を泳がせ、控えめに告げる。

「何かあれば、頼るぞ」

「――っ、はいっ!」

 嬉しそうに答えたフェンからすぐに視線を逸らし、アッシュは静馬を見やる。

「それと――シズマ。アスカは弓矢をどれほど使える?」

「熟練の腕前です。四百歩の距離なら、的に当てることができましょう」

「借りても構わないか?」

「無傷で返してくれるなら、いくらでも」

 静馬は飛鳥に視線を投げかける。彼女は小さく頷いて進み出た。

 よし、とアッシュは不敵な笑みを浮かべ、船長に視線で合図する。

「船長――お前には一番、頑張ってもらう。いいな?」

「お任せを――殿下」

 ずっと追い波を被り続けていた、ぐっしょりと濡れた船長は、強張った顔つきで頷き返す――そして、部下に太鼓を鳴らすように指示した。


 アッシュが治政に関わるようになって、力を入れていたことの一つが、船の開発である。

 兄である、ユリアス第一王子は抜け目なく、国内の物流に精通する――故に、それの目に見つからない資金源として活用しようとしていた。

 開発は挫折続きだが、惜しみなく資金をつぎ込み、人材育成にも試みた。

 この船長もまた、騎士でありながら、海戦の訓練を積んでいる。

 ユリアス殿下は、これを鼻で笑い、無駄だと思っていたようだが――。


 その甲斐が、今、報われようとしている。


「殿下ッ! 間もなく矢が届く距離です!」

「矢除けの盾を、構えろ! フェン、船上戦闘の指揮は任せる、連中を取りつかせるな!」

「了解ッ!」

「殿下、海水を汲み上げました!」

「感謝する、アスカ! 間もなく接敵する。持ち場で、構えろ!」

「御意!」

 緊迫のやり取りと共に、甲板を駆けずり回る騎士たち。その中で、静馬はアッシュの傍でじっと迫り来る漆黒のジャンク船を見つめる。

 商船が立てる波を、押しつぶすように激しく近づいてくる海賊船。

 その船首に、立ち並びつつある弓手たち――その顔は、漆黒の布に身を包んでいる。相手の様子が分かるほどに、もう距離が近い。

 二人が違和感を覚えたのは、ほとんど同時だった。

「海賊――にしては、妙だな……」

「ええ……しかも、あの黒装束……」

 ミアを狙った連中に、似ている気がする。静馬が眉を寄せた瞬間、海賊船から弓矢が放たれた――宙を描く、橙の光。火矢だ。

 だが、距離が足らず、海にほとんどが呑み込まれていく。

「よし、こちらも火矢だ――撃てッ!」

 返す騎士たちが次々に火矢をつがえて矢を撃つ。さすがの練度か、ほとんどが敵船に吸い込まれるが、海賊たちは素早く火を消していく。

 一筋縄ではいかない敵だ。

「斬り込めれば、楽なんですけどね」

 流れてきた火矢を、静馬が軽く前に進み出て、太刀で叩き落とす。その傍で、アッシュは動じることなく、腕を組んで鼻を鳴らす。

「焦るな――とはいえ、火矢が邪魔だな」

「――任せていただいても?」

 静馬とアッシュの視線が行き交う――アッシュは表情こそ動かさなかったが、目で笑う。

「ああ、頼んだ」

「了解」

 静馬は気負うことなく応えながら、船尾の方に向かう――矢除けの盾を掲げる、騎士たちの前へと進み出る。それを狙い撃つように、火矢が集中する。

 その周りに、白閃が迸った。

 静馬の放つ白刃が、ことごとく矢を叩き落としていく。船には入れず、全て海中に叩き落としていく。鮮やかな剣技は、矢の一本たりとも寄せ付けない。

 その間に、騎士たちは船内を駆け回り、わずかに突き立った火矢の消火に努める。

 それを冷静に見ていたアッシュは、視線を頭上に向ける。

 揺れる船上の風を受ける、大きな帆柱――その横に走る帆桁の上。

 そこには、一人の少女と共に、女騎士、飛鳥が立っている。

 そこが、彼女の持ち場であった。

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