第6話

 ふと、拍手が甲板に響き、フェンは視線を上げる。

 どうやら、ゲイリーの語りが締めくくられたようだ。手を叩いて賞賛する静馬とミアに、照れくさそうにゲイリーは頬を掻く。

「いや、こんなに褒められたのは久々だなぁ、おい」

「そんなことはない。ついつい語りに引き込まれてしまった。リーファの仲間が捉えられて、鬼がその血で力を取り戻したときは、どうなるかと思ったが――まさか、そんなどんでん返しが待っているとは……!」

「ん、ゲイリー、上手……っ!」

 ミアは感激したようにゲイリーの腰に抱きつく。

 仕方ねえなあ、とゲイリーは苦笑いし、その頭を撫でながら樽に腰を降ろして休憩する。ミアはその膝の上にぴょんと飛び乗り、柔らかく表情を緩ませる。

(あれ、あんなにミアって優しい笑顔していたっけ……?)

 フェンは思わず首を傾げていると、飛鳥が目を細めてささやいた。

「この数日で、ゲイリー殿とミアは仲良くなっています――ゲイリー殿は、とてもお優しい方なんですね」

「そう、かなぁ……? 確かに、優しいかもしれないけど」

 フェンの印象では、どちらかというと、甘い人という印象がある。

 他人にも甘いが、自分にも甘い。その結果、ここ一番のところで決断を行えない――手厳しく評価をすれば、そんな感じだ。

「彼はまあ、甘い人間だが――それが悪いこととは、私は思わないな」

 ふと、静馬がこちらの方に歩み寄り、飛鳥の傍に立つ。彼は包み込むような視線で、そっとゲイリーとミアを見つめながら続けた。

「甘いということは脇も甘くて隙だらけ――転じて、裏表なく真っ直ぐとも言える。そこまで言ったら、欠点も美点だよ。特に、ミアみたいな子とは、相性がいい」

「――彼女は、とても警戒心が強いですからね。常に、悲劇に備えているみたいで、痛々しいところがあります」

 飛鳥は共感するように頷く――言い得て妙だ、とフェンも頷いた。

 彼女の無表情は、どこかいつも辛そうに思えた。何も期待しないように、感情の起伏を押さえつけたような、無表情なのだ。

「だけど――彼には裏表がない。だから、予想や期待を裏切られることがない。それが、だんだん分かって来たんじゃないかな? ミアには」

「だから、心を開いてきた?」

「ああ、いい笑顔だと思わないか? フェン」

 静馬の問いに、フェンは目を細めながらミアを見つめる。

 確かに――彼女の、巫女としての姿はどこか背伸びをしているように見えたけど……今の彼女は、年相応の無邪気な少女のようだ。

 どちらがいいかなんて、見るだけで分かる。

「ゲイリー殿の甘さは、こちらで補えばいいさ。友というのは、そういうものだろう」

 静馬はそう言うと、飛鳥は仕方なさそうに笑って主を見上げる。

「静馬様の真っ直ぐさも大概です。知り合って十日ほどの相手を、友と呼ぶなんて」

「そうかな? こちらから見れば、飛鳥とフェンも――もう友達みたいに思えるよ」

「そうだね。確かに」

 フェンはくすりと笑い、飛鳥の方を見つめると、彼女は照れくさそうに微笑んだ。

「光栄です。フェン殿」

「ううん、こちらこそ」

「――で? 誰の話をしていたんだ? 飛鳥」

 静馬が彼女の顔を見やると、飛鳥は楽しそうな口調で答える。

「お互いの、仕方のない人について、少し愚痴をしていました」

「なるほど? 鬱憤が溜まっているなら、手合せでもどうだ?」

「さすがに遠慮します。船の上の立ち合いは、正直――」

「ま、それもそうだが――暇なのでな」

「ぶっちゃけましたね。ま、いいですけど。弓矢の練習台になって下さい」

「――あれ? それ手合せ?」

 静馬と飛鳥が仲睦ましく笑い合う。その二人の間に、風が吹いた。

 強いわけでもない。ただの、小さな風――だったはずなのに。

 二人の表情が、一瞬にして強張った。

「飛鳥、北西の方向だ」

「確認しますッ」

 飛鳥は瞬時に帆柱に飛びつき、梯子を伝って這い登っていく。その一方で、静馬は鋭く北西の方向に視線を投げかけた。

 雲がかかるように、遠くは見通すことができない――。

「し、シズマ、一体何が――」

「よくない気配を、感じた」

「気配――」

 そう言えば、先ほど、二人の武術は気迫を司るものと聞いた。そういう〈気〉も感じ取れてしまうのだろうか。

「静馬様――! 北西方面に船が接近しています――!」

 不意に、頭上から飛鳥の叫び声が響き渡る。静馬は頷き返すと、アッシュの方を振り返った。

「如何しますか? 殿下」

「――貿易船などの可能性は?」

「旗が、漆黒でした。恐らく、その可能性は低いかと」

 飛鳥が傍に降り立ちながら告げる。アッシュは目を閉じて考え込んだが、それは一瞬だった。鋭くフェンに視線を送り、告げる。

「針路は西のまま、直進する。風向きは?」

「東からの追い風です」

「よし、このまま追い抜き、一気に引き離す――櫂を出せ。全速前進だ」

「了解ッ!」

 にわかに、船上が慌ただしくなっていく。その中で、フェンは視線を北西の彼方にやる。その雲の中から、うっすらとぼんやり黒い影が近づいていた。

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