第8話
「失礼――時間を取らせました」
しばらくして、飛鳥が泣き止んでから、静馬は何事もなかったかのようにフェンとアッシュに向き直る。彼女は恥ずかしそうに顔を伏せさせながら、彼女の右腕に包帯を巻いている。
だが、その手つきは一段と丁寧だ。それをフェンが微笑ましく思っていると、アッシュは少しだけ口角を吊り上げた。
「――二人は、仲睦まじいのだな」
「自分の副官は、彼女以外、務まりませんよ」
静馬の言葉に、飛鳥はますます俯く。その耳が徐々に真っ赤になる。
人前であれだけ言われれば恥ずかしいことだろう――ただ、少しだけフェンは羨ましく思ってしまう。その空気を区切るように、静馬は一つ咳払いした。
「話を戻しまして――まずは」
静馬は視線を細め、背筋を正す。すっと綺麗に頭を下げ、丁寧な口調で続けた。
「救出に重ね、こうして気を遣っていただいて――何と申し上げればいいか」
「礼の言い合いは止めよう。シズマ殿。こちらこそ、賊徒の討伐に手を貸していただいたのだ。かの武勇に、我らが騎士も励まされた」
「恐縮です――では、本題に入りましょうか」
その一言に、アッシュと静馬の間で、空気が張り詰めるのを感じる。
海賊に横槍を差されたが――ようやく、本題に入ることができるのだ。自然と、フェンも背筋を正す。部屋の中に、緊張感が満ちた。
静馬は胸に手を当て、凛とした声で告げる。
「改めて――ウェルネス王国からの使者として参りました、中臣静馬です」
「火の国、第二王子にて、今回外交大使に任ぜられた、アッシュ・エイデンだ――こちらは陛下の名代として話していただいて構わない」
「では、アウレリアーナ殿下の名代として申し上げます――今回の用件は、ウェルネス王国と火の国の間で、友好関係を結びたい……と、いうのが建前で」
彼はそこで一息つくと、小さく笑みを浮かべて告げる。
「ゲイリー殿から伝えられていると思われます――風神の巫女について、です」
「いきなり、本題に入るのだな。シズマ殿」
「こういう政治的な駆け引きは苦手なので――手っ取り早くと思いまして」
「シズマ殿は、政治家には向いていないな。だが、手間が省けて丁度いい」
アッシュは軽く頷いた。静馬は真っ直ぐな眼差しで見つめ返すと、口を開いた。
「では――経緯をお話しいたします」
それから、静馬はアッシュとフェンに風神の巫女、ミアを保護した経緯を伝えた。そして、降りかかる厄災についてのことも、全て包み隠さず。
それを聞いたアッシュとフェンは黙り込むしかなかった。
「――風神の巫女。それが知らせる、厄災、ですか……」
「黒の魔人――古代人が気づいた、兵器、だと……?」
視線を上げ、アッシュはフェンを見つめる。間違いないか、という問いかけ。
無言で頷いて、フェンは応じた。もうすでに、彼女はミアに会っている。
ゲイリーと共にいた、彼女。彼女からは紛うことなき、『神』の気配を持っていた。
「念のため、ミアからも事情を聞いておいていただきたい――その上で、ウェルネス王国としては、この件の対応の助力を願いたい。というのが、ウェルネスからの要請です」
静馬がその言葉で締めくくる――アッシュは彼を見つめて答えない。
その何も感じさせない表情は、冷たい。値踏みするような目つきと共に、アッシュは黙り込んでいる。冷徹な顔つきだが――フェンには、分かる。
彼は、悩んでいる。
(――当然、か。明らかに、デメリットの方が大きい……)
渡航して協力するには、危険が伴う。それに対して得られるのは、ウェルネスとの友好関係だけだ。あまりに、旨味が少ない。
普段の彼ならば、一蹴してもおかしくはない内容。
それでも、アッシュは即断せずに内容を吟味している。
静馬はその雰囲気を悟り、苦笑い交じりに補足する。
「――さすがに、無理のある申し出だとは承知しております。ですが、代わりに差し上げることができるものもあります」
「聞くだけ聞こう。それは、なんだ?」
「魔剣」
アッシュはぴくり、と片眉を吊り上げた。
静馬は少しだけ淡い笑みを浮かべ、懐から短刀を抜いた。その刃に力を込めると――淡い光が、ぼんやりと放ちつつある。
妖しい、紫色の輝きに、フェンは思わず目が奪われる。
(これは、あのときの――衝撃波の、必殺技……)
「これらの技術は、恐らくそちらに国にはない――違いありませんか?」
「なるほど――その技術を、くれるというのか?」
「はい、私が知り得る限りの全てを包み隠さず」
アッシュが押し黙る――その瞳の奥で鋭く計算が進んでいるのが分かる。
静馬は、微笑んでダメ押しのように一言付け加えた。
「貿易上の優遇も、アウレリアーナ殿下は検討して下さるそうです」
その言葉で、アッシュは全てを決めた。視線を上げ、はっきりと告げる。
「――了解した。火の国は協力しよう」
「英断に感謝します。殿下」
「礼はまだ早い――陛下に、話を通さねば。失礼する」
アッシュはそう言いながら腰を上げる。フェンは慌ててそれに続いた。
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