第7話

「――このたびは、何とお礼を申し上げればよいのか」

 交易都市ユグドの商館――そこに戻ってきたフェンとアッシュは、静馬たち一行を招き入れていた。その応接間で、恐縮そうに告げる静馬に、アッシュは目を細めた。

「いや、こちらも治安維持が不完全だった――その上、怪我をされているのに、休息する暇も与えられず、申し訳ない」

「それは、仕方ありません。こちらも急を要しますし――その、ミアの方は?」

「今、別室で休ませている――大分、消耗していたようだからな」

「そうですか」

 静馬は、ほっとしたように息をつく。

 ちなみに、ゲイリーはその付き添いをしており、今、応接間には、静馬と飛鳥、アッシュとフェンの両国二名ずつしかいない。

 ウェルネスの騎士たちも、別室で手当てをしていたが、いずれも軽傷だ。

 むしろ、重傷なのは静馬だった。その右腕が、まるで無数の刃で引き裂かれたようにずたずたになって痛々しい。飛鳥は隣に腰かけ、甲斐甲斐しく手当てをしている。

「やれやれ、海賊たちとは上手く口八丁で渡り合えたが――いてて」

「我慢して下さい。また、無茶をして――」

 右腕に包帯を巻きつつ、飛鳥がたしなめるように言う。その包帯から、じわり、と血がにじむのを見ながら、フェンは眉を寄せた。

(――立ち回っている間は、負傷しているようには見えなかったのに――)

 フェンの視線に気づいたのか、静馬は少しだけ苦々しげに告げる。

「絶技〈散花刃〉――これは、我が一門の必殺技なのですが、威力が大きすぎるが故に、衝撃波で腕を自損するのです」

「なるほど――そんな、技が……」

 恐らく、獄中で鉄格子を斬ったのも、その技の一種だろう。共闘しているときも感じたが、彼は凄まじいほどの剣の腕前の持ち主だ。

 彼は苦笑い交じりに、自分の腕を見やる。

「ま、命あっての物種ですよ。あいつらも、上手く騙せましたし」

「なるほど、一杯喰わせたようだな? シズマ殿」

「――どういうことですか? 殿下」

 面白がるアッシュに、フェンが不思議そうに問い返す。彼は口角を吊り上げた。

「差し詰め、自身をウェルネスの要人だと思い込ませた、とか?」

「ご明察です。高貴な者なら、身代金は取れますからね。思った通り、連中は乱暴はせず、生け捕りにしました」

「じゃあ、何故、私を海に突き落としたのですか」

 むくれたように飛鳥が言うと、彼は口ごもる。困ったように視線を泳がせる彼を見つめ、フェンはその想いを察した。

「――シズマ殿は、アスカさんを守りたかったのですよ」

「……え? でも……」

「高貴な人の連れの女性――いわば、高嶺の花だ。そんな珍しい花が目の前に落ちていれば、変な気を起こす者も出てくる」

 アッシュが補足するように、オブラートに包んだ説明をする。それに、飛鳥はわずかに息を詰め、静馬を見つめ――わずかに、目を伏せさせた。

「なら――静馬様も、海に飛び込めば……」

「それなら、海賊たちも追いかけてくる。その上、他の騎士がすでに捕まっていた。彼らを確実に助けるためにも、こうするしかなかったさ。現に、関係を否定した水夫たちは――救えずに、殺されてしまった」

 そう言う静馬の横顔は、とても辛そうだった。押し殺すような低い声で続ける。

「飛鳥に何かあったと考えるだけで――自分の半身を、失うような気持だったんだ」

「でもっ、静馬様に何かあれば、私は……っ!」

 上ずった声と共に、彼女は縋るように彼の右腕を掴む。

 傷口を掴まれ――だけど、彼は眉一つ動かさない。むしろ、彼女の痛みをいたわるように、そっと目を細めて眉尻を下げた。

「分かっている――すまない。辛い思いをさせたのは、分かっている」

 彼はゆっくりと左手を伸ばし、彼女の頬に手を添える。微かな傷跡を撫で、ねぎらうように温もりに満ちた声で柔らかく言う。

「――無理を、させたな……飛鳥」

「いえっ、そんな、そんな……」

 彼女の声は、途中から言葉にならなかった。その目からは大粒の涙が、次々とこぼれおちてくる。声にならない嗚咽を響かせながら、静馬の胸に顔を押し付ける――。

 仲睦まじく、互いを想いやった主従のやり取り。フェンは他人のことのはずなのに――ただ、ひたすらに目頭が熱くなる。

 アッシュは何も言わず、ただその二人のやり取りを見つめ、少しだけ目を細めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る