第6話
想像以上に、海賊たちの攻め手が苛烈だった。
アッシュ自身、海賊たちと斬り結びながら、舌打ちする。斬撃を受け流し、斬り捨てる――そのアッシュを押し包むように、また海賊が突進してくる。
「王子を生け捕れ! こっちだ!」
「殿下を守れッ!」
叫び声が響き渡り、阿鼻叫喚の渦に叩き込まれている。圧倒的に海賊たちの士気が高く、騎士たちは押し込まれている。
アッシュ自身も戦いに巻き込まれ、指揮が執れない――。
だが、それを支えていたのは、一人の女騎士だった。
「ミルズ隊は円陣を組み、殿下を中心に後退! 弓矢隊は左翼から矢を射かけなさい!」
アスカの凛とした声と共に、矢が中空を迸る。
その矢は紛うことなく、海賊の組頭を射抜いていく。だが、海賊は血気を漲らせて、罵声と共に飛び掛かってくる――。
紅い剣閃が、それを引き裂いた。血飛沫を舞わせながら、アッシュは飛鳥の背を守る。
飛鳥はふっと笑みを零しながら、声を張り上げる。
「弓矢隊、後退! レント隊――放てッ!」
瞬間、横合いから激しい馬蹄が響き渡った。凄まじい勢いと共に、馬が前方を横切る。その突進に、海賊たちが悲鳴を上げながら吹き飛ばされる。
馬の衝突をかわしても、その間に渡した綱に打たれ、弾き飛ばされる――。
「これは――」
「ウェルネスの戦術、連環馬です」
馬同士をつなぎ合わせ、敵陣に突っ込ませる戦術だ。繋ぎ合わせた馬同士は、一定方向にしか進まない――その進路にいた敵は全て薙ぎ倒される。
本来ならば、平原でしか使われない戦術であるが――。
突然の衝撃に、海賊たちに混乱が走る。また、土煙で視界が遮られ、同士討ちも誘発する。混乱の中で、アッシュたちは体勢を立て直す。
士気の上がる騎士たち――その一方で、飛鳥の表情は硬い。
「これが、最後の、切り札です――もう、退けませんよ」
馬はもう使えない。つまり、アッシュだけが撤退する、という保険すら投げ捨てたことになる。だが、アッシュは息を整えながら、不敵に笑って見せる。
「当然だ。ここで退くという選択肢は、ない」
「――大事な人の為に、ここは踏ん張りどころですね」
アッシュと飛鳥は頷き合うと、海賊に向き合った。
円陣を突破してきた海賊に白閃の矢が突き立つ。鋭い剣技が斬り捨てる。
呼吸を合わせ、波状攻撃に対応する――だが、どこまで支え切れるか。
(それでも――ここで、踏ん張り続けなければ……!)
気を、奮い立たせる。その勢いのまま、アッシュが一歩踏み出す――。
瞬間、澄んだ、水の音が響き渡った。
(違う――刃の音……)
だが、それにはあまりにも澄んだ音色をしていた。
目を見開いた瞬間、目の前の海賊たちが血飛沫と共に、地面に崩れ倒れ――。
弾かれたように、激しい風が吹き上がる。
光の粒子と化した、水飛沫が周りを取り囲むように乱舞する。月光の欠片を思わせるそれらは、風に乗って舞い上がる――。
その中心に、二人の騎士がいた。
月光の幻想に並び立つ、白銀の髪を波打たせて、剣を構える一人の女騎士。
その背後をただ、静かに守るように居合に刃を構える、一人の侍騎士。
二人は隙を見せることなく、周りの敵を睨みつけて構えている。
「――遅くなりました。殿下」
白銀の戦乙女は、その唇から可憐な声を紡ぐ。
その身に宿した覇気を揺らがすことなく――必ず守り抜くという意思を込めて、芯のある声を発する。それに応じるように、静かな低い声が告げる。
「あとは――お任せを」
そして、二人の騎士は示し合わせたように動き出す。
二人の大切な人を、護る為に。
剣風が、迸った。
水飛沫を纏った刃が、敵を両断する。激しい水流のように、敵陣に突っ込み、瞬く間に海賊たちを斬り捨てて、さらにフェンは踏み込む。
二人の敵が、槍を突き出す――それを跳ねるように、地を蹴って避ける。
泳いだ身体に、頭から斬り下ろす。そのまま、身を翻し、もう一方の敵に突きを繰り出す。
鮮血と共に、崩れ倒れる敵。それを踏み越え、さらに前へと進む。
だが、その勢い任せの突進は、あからさまに無防備。
その背に、白刃がいくつも迫る――。
瞬間、轟、と唸りを立てて気迫が吹き荒れた。
それは、烈風のように、敵を怯ませる。
その荒々しい気迫のまま、静馬は刃を抜き放つ。居合抜きに、真っ直ぐ放たれた刃が、敵の首を刎ね飛ばす。そのまま、鮮やかに太刀を振り返し、上段から両断。
そこから跳ね上がるように、刃が下段から薙ぎ払われ――。
フェンを遠くから狙った矢を、真っ直ぐに斬り捨てる。
微かにフェンは驚くように目を見開くが、それも一瞬、すぐに二人は笑みを交わし合う。
言葉は、なかった。
だが、示し合わせたように、二人は背中合わせになる。
お互いの死角を防ぐように、呼吸を合わせて立ち回る。
水の刃が、気迫の刃が、次々と海賊たちを斬り捨てていく。
その連撃に、海賊たちが怯み、下がっていく――その中で、後方にいた男が吼えた。
「お前ら、怯むんじゃねえ! 槍で押し包んで突き殺せ! ありったけの弓矢を持ってこい! 急げ!」
その声に、フェンと静馬は視線を行き交わせた。それだけで、十分だった。
静馬は瞬時に、鞘へ刃を収めて、腰を落とす――瞬間、括目と同時に、気迫が爆ぜた。
まるで、気の暴力――それに海賊たちが一瞬だけ呑まれる。
その一瞬に、フェンは敵陣に斬り込んでいた。
瞬く間に三人を突き崩し、彼女は祈りを捧げるように、拳を胸に当てる――。
瞬間、彼女の周りに水流が吹き上がった。
間欠泉のような噴水。そこへ静馬は迷いなく、身を投じていた。
水の中で、気合いで足を踏ん張る――それを、足場に水を激しく蹴り飛ばす。
そして、中空に身を躍らせながら、眼下に狙いを定める。
(――狙うのは、敵大将――)
怒鳴っていた、大柄の男。鞘に封じた刃の柄を掴む。
左手を鞘に添え、刃を上に封じ、右手で柔らかく柄を掴み――気迫を、込める。
あまりの力に鞘が小刻みに震え、淡い紫紺の光があふれる。
それを刀身に封じ込め、静馬は中空で鍔を鳴らす――。
「絶技――」
それは、必殺の宣言。厳かな口調で静馬ははっきりと告げた。
「――〈散花刃〉」
戛然一閃――澄んだ音が戦場に響き渡る。
まるで、全ての音が消え失せたように、その音ははっきりと聞こえ――。
空をつんざくような衝撃波が、戦場に迸った。
血飛沫と悲鳴が吹き荒れる。衝撃波が生まれ、辺りをずたずたに斬り裂く。
それが舞い上げた鮮血は――何故か、散り行く花吹雪のように、見えた。
その中で、優雅に地に着地する静馬――その周りに、立っている敵はいない。その血に染まったおぞましい剣鬼の姿に、立っている海賊たちは一歩後ずさる――。
そして、声も上げることもできず、我先にと後ろへ駆け出した。
「う、うあああああっ!」
一拍遅れて情けない悲鳴――それに、フェンは我に返る。静馬はゆっくりと刃を鞘に納めて振り返った。真っ直ぐな眼差しと共に、彼は微笑んだ。
「助かった――フェン。よく、息を合わせてくれた」
「い、いや、こちらこそ――助かった」
だけど、今の技は何だったのだろうか?
それを疑問に思っていると、背後から足音が近づいてきた。振り返ると、そこには肩で息をしているアッシュと飛鳥の姿がある。
二人とも返り血で汚れてはいるが、怪我はなさそうだ。
「――静馬、様……っ」
飛鳥が震えた声で名を呼びながら、一歩踏み出す。静馬は彼女に微笑みかけ、歩み寄った。
「よくやってくれた。飛鳥」
彼女をねぎらうように声をかけ、そして視線をフェンとアッシュに向けた。
「改めて、自己紹介します。お二方、ならびに、火の国騎士団の方々」
血染めの侍騎士は、凄惨さを感じさせない、丁寧な所作と笑顔で名乗る。
「私は、中臣静馬――楊心流剣士にて、ウェルネス王国の近衛騎士です」
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