第4話

 クラムフ要塞の東側――少し離れた、平地。

 そこに到達したアッシュは、素早く手を挙げ、全軍の停止を命令した。すぐに、脇に銀髪の女騎士が並び、目を細める。

 その先にあるのは、月明かりの中に浮かぶ、孤島の要塞――。

「あれが、クラムフ要塞――大分、篝火が焚かれています」

「さすがに接近を察知されているな」

 要塞から陸地に向けて、木造の橋が架けられている。そこには、海賊たちが待ち構えるように、ひしめいている――要塞の周りは海。侵入経路は、あそこだけだ。

 しかも、事前の情報が正しければ、五百はいるはず。

 対するこちらは二百を満たない――慎重に、押し進めなければ。

 アッシュは辺りをぐるりと見渡し、鋭く命令を下した。

「全員下馬。徒歩で、距離を詰める――前衛、レントの部隊だ。矢除けの盾を出し、慎重に突っ込め」

「はっ!」

「お前は、弓矢部隊を率い、レントの突入を助けろ」

「御意」

 銀髪の騎士が頷き、思い切りよく、一隊にはきはきと指示を出していく。その練度を見ながら、アッシュは思わず目を細めた。

(さすがの指揮練度――だな)

 前衛の騎士も隊列を組み、徒歩でじりじりとクラムフ要塞へと接近――。

 瞬間、夜闇を裂く勢いで、無数の雄叫びが上がった。

 前衛の部隊の横合いから、突然、海賊たちが飛び出してきた――伏兵だ。

 それと同時に、要塞の方からも海賊たちが勢いよく一気呵成に打って出てくる。二方面からの攻勢。虚を衝かれ、前衛隊は崩れかける――。

「弓矢、放てッ!」

 瞬間、凛とした声が響き渡る。一斉に、弓弦が弾ける音が響き渡った。

 風切る音と共に、矢の雨が一気に盗賊たちに降り注ぎ、怒号と悲鳴が闇に木魂する。

 わずかに緩んだ、海賊の圧力。その間に、前衛は立て直した。素早く円陣を組み、多方向からの攻撃に対処する――。

 その推移を見ながら、アッシュは前進の指示を出す。後詰を進め、圧力を加える。

「――殿下、少し前に出過ぎでは……」

「この少数だ。分かれていれば、撃破される」

「御意に。ならば、弓矢隊も進め、左翼から牽制します――よろしいでしょうか?」

「構わない。今、弓矢隊を指揮しているのは、お前だ」

「――そう、でしたね」

 彼女は少しだけ笑みを浮かべると、弓矢隊に素早く指示を出す。指示を受け、弓矢隊は素早く海賊の死角を衝くように移動、矢の雨を降らせる。

 大局を見極めた、適切な動きだ。なるほど、とアッシュは頷く。

(これなら、口出しせずともいい。動きも、まずまずか)

 全体を見渡す。精鋭部隊、ということもあって、今は押せているようだが――。

「――はたして、彼女は、配置につけているでしょうか」

「心配するな――信じろ」

 銀髪の女騎士に告げると同時に、さらに喊声――海賊たちが、海を渡って回り込むように向かって来る。目標は、後詰――アッシュたちの方向だ。

「どうやら、我々に目をつけたようだな」

「ええ――私たち、アッシュとフェンに狙いを定めた」

 狙い通りに。彼女は、含み笑いを浮かべながら、腰からすらりと剣を引き抜く。

 否、それは片刃――太刀、と呼ばれるウェルネスの武器だ。

「彼女の代わりになり得るか分かりませんが――お守りいたします。アッシュ殿下」

「ああ、任せる――アスカ」

 そう告げた瞬間、不意に、海から風が大きく吹く。それに煽られ、彼女の銀髪が滑り落ちる――そのウィッグの下から現れたのは、艶やかな黒髪だ。

 彼女は切れ長の瞳を細め、鋭く弓矢を構え――はっきりと告げた。

「太鼓――合図を、送りなさい」


 瞬間、虚空を打ち鳴らす、激しい連打音が響いた。

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