第3話

 その女騎士を発見したのは、沿岸部の見回りを強化していた騎士の一人だった。

 身に着けていた軍服が、ウェルネスであることを確認。息もあったため、すぐに馬に乗せてユグドに向かった。

 先んじていた部下の騎士がアッシュとフェンに報告。

 すぐに、受け入れ態勢を整え、彼らのいる商館に、その女騎士は運び込まれていた。

「このベッドに、ゆっくり降ろすよ――そっと、そっと……」

 フェンは部下たちと共に、女騎士をベッドに降ろす。

 青白い肌に、長い黒髪が濡れて貼り付いてしまっている――だが、それを差し引いても、綺麗な黒髪をしている。その顔つきは、気が強そうだ。

 その黒を基調とした軍服を確かめ、胸元の紋章にフェンは視線をやる。

 馬をモチーフにした紋様――ウェルネスの国旗にも刻まれている印だ。

「間違いありません。ウェルネスのものです――他に、漂流物は?」

「大きな木の板と――彼女がずっと握りしめていたものが」

 発見した騎士はずぶ濡れのまま答える。その手には、大事そうに弓が握られている。弦は切れてしまっているが、本体は折れていない。

 アッシュはそれを受け取り、丹念に確認しながら訊ねる。

「他には? 木の破片や樽――船の一部と思われるものは?」

「いえ、綺麗さっぱりありませんでした」

「そうか。ご苦労。下がれ」

 アッシュは騎士を下がらせる。その手の弓に視線を落としながら、告げる。

「――難破ではないな。恐らく」

「ええ、弓を握って海に投げ出される――あるいは、身を投げた」

「となれば、戦闘中――」

 アッシュとフェンは視線を交わし合う。アッシュは少し考え込み、踵を返した。

「ここの代官に話を聞く。お前は、彼女を見ていろ」

「了解しました」

 フェンは彼の後ろ姿を見送ってから、気を失っている女騎士を見下ろす。

 年は、恐らく同じくらい――その顔は、どこか苦しそうだ。目元に貼りついた髪を分けるようにそっと前髪を払うと、んっ、と微かに彼女は声を漏らした。

 苦しそうな吐息と共に、瞼が震えて薄く開かれる――。

「大丈夫ですか?」

 フェンが声をかけると、彼女はぼんやりとフェンを見つめ――何度か瞬きするうちに、目が見開かれていく。唇が震え、掠れた声が漏れた。

「あ、なた、は……?」

「私は、火の国騎士のフェン・ヴィーズ」

「フェ、ン、さま……ま、さか……っ」

 彼女は言葉を紡ごうとして、咳き込む。それでも、身を強引に起こそうとするので、慌ててフェンはその肩に手を当てる。

「落ち着いて下さい。冷静に――」

「し、ずま、さまが……げほっ……早く、助けに……」

「シズマ――」

 ゲイリーの手紙にもあった、ウェルネス王国正使に任じられた男の名前だ。

 添えられた手紙には、彼の流暢な文字が書かれていた。火の国の文字であるにも関わらず、丁寧に書かれているのが分かる文字だった。

 彼に、何かがあったのか……焦れる気持ちを抑えながら、フェンは女騎士の手を握る。そのおかげが、徐々に落ち着きを取り戻し、彼女の目も定まってくる。

 深呼吸を繰り返し、彼女は弱々しい目つきで縋るように小さく言葉を紡いだ。

「フェン、様――静馬様を……お助け、下さい……」

「何があったの?」


「途中で海賊に襲われて――恐らく、彼は囚われの身にあります……!」


 今日未明、ウェルネス王国の正使を乗せた船は、途中、海賊の襲撃を受けた。

 逃げ切ることができず、接舷強襲を受け、乱戦に陥る。多勢に無勢で押し切られる中、戦闘中、飛鳥は海に転落――そのまま、火の国に漂着。

 静馬、ゲイリー、ミアの三名を含む、乗員二十名余りが現在、行方不明――。


「――以上が、ウェルネス王国騎士、アスカから事情聴取した結果です」

「思ったより事態が火急だな」

 日暮れのユグド商館――そこでアッシュとフェンは応接間を使い、軍議を開いていた。フェンの他にも、隊長格の騎士たちも同席している。

 聴取した後、飛鳥は別室で休ませていた。今いるのは、火の国の騎士たちのみ。

 重苦しい表情のアッシュは、腕を組んで深くため息をつく。

「代官に事情を聞いた。やはり、海賊の件を知っていて放置していたようだ」

「――まずいですね」

「ああ、非常にまずい」

 飛鳥から聞き出した海賊の特徴と、商人や代官から聞き出した海賊の特徴は一致している――十中八九、件の海賊に静馬たちは囚われたことになる。

 アッシュは重々しいため息を一つついた。視線が、交わった。

「奪還、しますか」

「それしかないだろう。代官から、すでに根城は把握している――地図を」

 アッシュの声に、一人の騎士が地図を広げ、一点を指し示す。フェンは思わず眉をひそめた。

「ここは――クラムフ要塞……元、水の国にあった海辺の城です」

「ああ、火の国に接収された後、放棄させたものだ。防衛設備のほとんどは無効化しているが、それでも建物自体は残っている――ここを、根城にしているらしい」

 フェンは拳を握りしめるが、深呼吸して心気を整えると、視線を上げる。

「これでも、水の国の巫女でした――建物の構造について知識があります」

「そうか。攻めるのは、どうだ?」

「はっきり言って、難しいかと。これは、クラムフ湾内にある島に構築された砦です。防衛設備が破棄されていたとしても、海に隔たれた島なのです」

 ですが、とフェンは言葉を区切り、アッシュの目を真っ直ぐに見る。

「それ故に、盗賊への慢心があります。加えて、策があります」

「策、か」

 アッシュはフェンの目を見つめ返す――それだけで、詳細を問うことなく、即断した。

「正使たるシズマ殿の安否を確認するためにも、電撃作戦を実行する。作戦の立案を――」

「その作戦に、私もお加え下さい」

 不意に、凛とした声が響いた。振り返った視線の先――いつの間にか、入っていたのか、ウェルネスの女騎士、飛鳥が立っている。

 まだ唇も青く、血の気が戻っていない。フェンは慌てて駆け寄った。

「アスカ殿――まだ、休んでいないと……」

「静馬様の一大事に、休んでなどいられません。それに、私はウェルネスの精鋭の一人。必ずやお力になれます」

 飛鳥の語気は、激しい。視線から火花が散るほど、強い眼光を宿している。

 それにフェンは思わず口ごもると、アッシュが静かな声で告げる。

「承知した――それを踏まえて、作戦を立案する」

「――いいのですか?」

「いずれにせよ、シズマ殿を判別できる人間がいなければならない」

「感謝いたします。アッシュ殿下」

 一礼した飛鳥は、軍議の末席に加わる。アッシュは咳払いすると、騎士たちを見渡した。


「では――軍議を、始める」


 その後、フェンの策を中心とし、飛鳥の進言を織り交ぜた作戦が立案された。

 その立案すぐ、アッシュの名の下に、直属騎士全軍に出撃命令が布告。

 満月の夜の中、火の国騎士団は、クラムフ要塞めがけてひた駆けに走った。

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