第2話
「――なるほど、参考になる」
しばらく、アッシュとヘンリクはウェルネスについて話し合っていた。ヘンリクの提供する情報から、細かく聞き返し、気になることをメモしていく。
ヘンリクは相手が王族だから、と固くならず、堂々と受け答えしている。
メモをまとめたアッシュに、ヘンリクはにこやかな笑みと共に訊ねる。
「しかし、わざわざアッシュ殿下が、ユグドでウェルネスについてお訊ねになられるとは。国家としても、国外の貿易に力を入れるのでしょうか?」
「それも視野に入れている――ぐらいの認識だ。とはいえ、既存の利権を脅かすつもりはない」
「左様でございますか。ですが、あまり、ウェルネスとの貿易はお勧めできませんな」
予想外の言葉に、アッシュは軽く眉を吊り上げた。
「どういう意味だ? ウェルネスからは希少な鉱石を輸入できるようだが」
「それ故に、でございます。ウェルネスの商船は、最近、海賊によく襲われるのです」
「海賊、か」
「ええ、どうにも北の方の、水の国の跡地を不法に占拠している噂もあり、丁度、そこにウェルネス向きの航路がありますれば」
(おかしい話だ)
フェンはその話を横で聞きながら、少しだけ眉を寄せる。
ユグドに到着した際、ここの代官や騎士から引き継ぎを受けている。だが、海賊の話は聞いていなかった。
気づいていなかった。黙認している。あるいは――。
「――海賊については、さておこう。それともう一つだけ訊ねておきたいことがある。アウレリアーナ殿下、あるいは、シズマ・ナカトミという男に会ったことはあるか?」
「アウレリアーナ殿下は、遠目で見たことがございますな。金髪紅眼の、優雅な王女様であられました。シズマ様に至りましては、面識はございますが」
「ほう――どのような男だ?」
「一言で言うなれば、真っ直ぐな方です。一本槍のように、ぶれない。果敢な騎士様です。私は彼に助けられまして――」
そう語ると、ヘンリクは目を細め、過去を振り返るように言葉を続ける。
「ごろつきに襲われた私を、一人で助け出しました。その上で、真摯に騎士として治安の不備に対する詫びを申し入れて――商船まで、送り届けてくれた。あそこまで義理堅いと、真っ直ぐとしか申しようがありません」
「――何も、要求しなかったのか? 礼など」
「はい、私は差し上げようかと思ったのですが――無用、と笑って申されました。するべきことを、しただけだ、とも申されましたとも」
「……そうか。情報提供に、感謝する」
ヘンリクの微笑みに、アッシュは礼を告げる。では、とヘンリクは腰を上げた。
「今後とも、ユグド商会を、よしなにお願いします」
「覚えておこう――送って差し上げろ」
「かしこまりました」
部屋に控えていた騎士が、アッシュの下知に頭を垂れる。そして、彼に連れられてヘンリクが退室すると、再び部屋に静かさが訪れた。
アッシュは、自分の書いたメモに目を落とし、少しだけ考え込んでいる。
「――海賊、か。調べる必要があるな」
「代官にも確認します」
「いや」
アッシュは首を振る。目を細め、断言する。
「代官はこの事実を隠匿している可能性がある。今は、直属の騎士たちだけで対応にあたらせる」
「やっぱり、ですか……かしこまりました」
フェンはわずかに顔を曇らせる。考えたくはなかったが、やはりその可能性を考えないといけない――特に、今はタイミングがシビアだ。
アッシュはその横顔を見つめ、小さくぽつりとつぶやいた。
「――先走るなよ」
「え……?」
「お前の悪い癖だからな」
「――さすがに、大丈夫です。何回も、殿下に言われていますから」
「どうだかな」
ふん、と鼻で笑うアッシュ。だが、その目つきはどこか優しげで。
胸がじんわりと温まるのを感じる。フェンは思わず表情を緩めながら、軽口を叩く。
「それなら、殿下も抱え過ぎないでください。殿下も仕事を抱え過ぎるのが悪い癖ですから」
「お前に言われたら、おしまいだな」
「どういう意味ですか、それは」
軽口を叩き合っていると、不意に扉が叩かれた。殿下がすぐに口を開く。
「入れ」
「はっ」
慌ただしく一人の騎士が入ってきた。その逼迫した表情に、アッシュとフェンはわずかに緊張する――はたして、その彼から放たれたのは、驚くべき報告だった。
「北方の沿岸にて、漂着したウェルネス王国騎士を保護――船が、難破したものと思われます!」
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