第5話

「ええ、初めまして。アウレリアーナ・ウェルネスよ」

 神の名乗りに対し、アウレリアーナはへりくだることもなく平然と答える。くすり、とミア――風神は笑みをこぼして告げた。

「その泰然自若ぶり、ガイウスを思い出す――そなたなら、話しても良さそうだ。この風の地に降り注ごうとする、災いのことを。それを避けるために、水神の巫女の力が必要なのだ」

 そして、ミアの身体で、風神は語り始める――。

 この風の民の土地――ウェルネスに蘇ろうという、災厄について。


「その災厄とは――古の人々が作った、いわば兵器のようなものよ」

「兵器――?」

 思わずアウレリアーナは聞き返す。風神は頷きながら忌々しそうに一つ舌打ちする。

「思い出すだけでも嫌だが――かつての人々は神を模した巨人を作り出したのだ」

 このウェルネス王国には、神霊を強く信じている。

 神々が起こした奇跡は数多く、遊牧民族たちはそれに常に敬意を払っていた。それを象徴するような、神霊信仰の石碑は各地にある。

 その奇跡の力が故に――ある人々はその奇跡を自分たちのものにしようとした。

「神の奇跡を我が物にできれば、権勢を恣にできる――浅ましい人間は、いつになれど、浅ましい。だが、恐ろしい執念で、彼らはそれを現実としたのだ」

 そこで一息つくと、風神は面々を見渡してからはっきりと告げる。

「そうして姿を現したものは背丈が小山ほどある、魔人――ヴァイス民族は、『黒の魔人』として恐れた存在よ。千もの生贄を捧げて動き出す化け物であった」

「黒の、魔人――」

 思わず繰り返す。静馬の脳裏に、漆黒の刺客たちが蘇る。偶然、だろうか。

 アウレリアーナは顎に手を当て、少し考え込むように思索にふける。

「――ヴァイス民族。黒の魔人……兵器。聞いたことがないわね」

「文献で残っているかは怪しい。何しろ、この国が建つ前のこと故。それに――黒の魔人は兵器とするならば、欠陥だらけの存在であった。何しろ、制御がままならずに暴走したのだから――それを作った『黒の民族』も姿を消してしまった」

「なるほどね。それで、風神ゆかりの民族、ヴァイス民族は貴方の力を借りて、それを封印した、というところかしら」

「うむ、察しがよくて助かる。フィラの地に、封印の祠がある」

「確かに、あそこには神霊信仰の祠がありましたね」

 静馬が口を挟む。アウレリアーナは頷いて、視線を風神に向ける。

「あとの流れは予想がつくわね。その封印が解けかけているために、水神の巫女の力も必要としている――ってところかしら」

「ご明察だ。本来なら、ミアだけで封印ができるはずなのだが――どういうわけか、封印するには力が不十分だ。その上、邪魔するように妙な手練れも出てきている」

 風神は舌打ちを一つして、アウレリアーナを真っ直ぐに見つめる。

「風神として頼みたい。ガイウスの子よ――水神の巫女を、この地に呼んではくれまいか。巫女が二人掛かりであれば、封印を掛けられる、あるいは、滅することもできるかもしれないのだ」

 アウレリアーナはすぐには答えない。真っ直ぐに風神の目を見ている。

 風神も、視線は逸らさない。もう語ることはない、とばかりに風神は沈黙して微笑む。

 やがて、アウレリアーナは一つ吐息をつくと、視線を上げて鋭く告げる。

「シズマ」

「はっ」

「貴方を国王名代に任ずる。ミア殿と共に、火の国に向かいなさい。親書はすぐに書くわ」

 その言葉に、静馬はすぐに応えなかった。

 静馬はアウレリアーナに視線を向け、彼女はそれに応じるように見つめ返す。

 その視線の交錯の間で、アウレリアーナからさまざまな感情が迸る。どこか崩れ落ちそうになる、優しい感情を覆い隠すような、真っ直ぐな眼差し――。

 その全てを受け止めるように、静馬は見つめ返す。

 言葉にならない想いを交換するように、見つめ合い――静馬は、やがて頷く。

「承知、しました」

 どこか、絞り出すような、想いの滲んだ声に、アウレリアーナはわずかに目を伏せさせる。だが気丈に微笑みを浮かべ、凛とした声で告げる。

「――つらい任務を任せるわね」

「いえ、殿下のためであれば」

「ありがと。すぐに親書を作るわ」

 アウレリアーナが腰を上げる。風神はそれを見上げて柔らかい笑みを浮かべた。

「感謝する。ガイウスの子――それと、剣士の子。ミアのことを、任せる――」

 そう告げた瞬間、ぐらり、とミアの身体が揺れた。慌ててゲイリーがその身体を支える。張りつめていた雰囲気は、いつの間にかどこかに消えていた。

 彼女が瞬きすると、その目からふっと翡翠の光が消える。

「だ、大丈夫か? ミア」

「ん――大丈夫」

「シズマ、二人を客室に案内して差し上げて」

「かしこまりました」

 アウレリアーナと静馬はてきぱきと動き出す。その様子に、ずっと成り行きを見守っていたゲイリーは少しだけ顔を引き攣らせた。

(な、なんか大変なことになってきた――か……?)

 なんだかんだで貧乏くじを引くことに定評のあるゲイリーだった。

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