第3話

「入るぞ。ゲイリー殿、飯を持って来た」

「おお、悪りぃな、シズマさん。何から何まで世話になって」

 天幕に三人分の食事を持って静馬が戻ると、そこでは少しだけ綺麗になったミアとゲイリーの姿があった。どうやら、彼女の髪をゲイリーが拭いていたらしい。

 その色が白っぽいのを見て、微かに静馬は眉を吊り上げる。

「銀髪、まではいかないが――珍しいな」

「へぇ、こっちの国じゃ珍しいんだな」

「というか――カグヤ州では、な」

 ウェルネス王国の東には、カグヤという州がある。

 そこは東方民族の集まりであり、基本的に黒目、黒髪だ。かく言う静馬も、名前から分かる通りに東方の人間である。

「食事は、無難にパンとスープにしておいた――問題なさそうか?」

「ああ、食えるなら何でもありがてえよ。ほら、ミア」

「――ん」

 静馬が二人に食事を差し出すと、ゲイリーが受け取ってミアに渡す。すっかりとミアはゲイリーに懐いているようだ。聞く限りでは、二人は初対面のようだが……。

 視線に気づいたゲイリーが少しだけ苦笑いして肩を竦める。

「村で教師の真似事をしたことがあるんだよ。なんだか、子供に懐かれやすいみてぇでよ」

「なるほどな――吟遊詩人と伺っていたが、運び屋もやるようで、手広い商売だな?」

「金になることなら、何にでも、って感じだな。ああ、犯罪はやらねえぞ?」

 ぱたぱたと手を振るゲイリー。探るような言葉も、気に留めた様子がない。

 ここまで裏表がない人も、あまり見ない。静馬は笑みを浮かべながら、パンを頬張る。

 ミアも、両手でパンを包み込むようにしてかじっている。和やかな、ひと時だ。

「ああ、そうだ――明日になったら、二人を王都に連れて行こうと思うが、どうだろうか? ゲイリー殿は、他に行く場所があったのか?」

「ああいや、丁度、俺も王都に行く予定だったんだ。荷物を届けねえとならねえ」

「そうか、なら、このまま護衛するとしよう。ミアも、それでいいか?」

「――ん」

 小さく頷き返すミア。静馬は微笑んで頷くと、ゲイリーは頭を掻きながら笑う。

「いやぁ、何から何まで悪いな。シズマさん」

「物のついで、だ――また、襲われたらかなわないだろう?」

「はは、確かにな。ウチの国の騎士とは違って、シズマさんは親切だねえ」

「そりゃどうも。ゲイリーの国は、どこなのかな?」

「ああ、火の国、って呼ばれているところだ。機会があれば、シズマさんも来たらいいぜ。礼代わりに、いろいろ案内してやる。綺麗な姉ちゃんの店もあるぜ?」

「それは興味深いが、所帯があるのでね」

「ちぇ、おかたい人だ――なんつーか、知っているやつを彷彿するなあ。騎士さまなんだけどよ」

「同じ騎士か。親近感が湧くな。どんな男なんだ?」

「ふふ――聞いて驚けよ?」

 ゲイリーは大袈裟な前振りと共に不敵に笑う。そして、どこか引き込まれるような語り口で、彼は手を広げるようにして、朗々と語る。

「火の国の女という女は、ある二人に魅了されていた。一人は火の国の王族。鋭い目つきの紅い瞳は、鳥さえ射殺すような眼光の持ち主だ。彼の名は、アッシュ・エイデン。それはもう、一万人に一人という具合にカッコいい面をしている殿下だが、それでも人気の半分――残りの半分を攫った」

 その語り口に、静馬はだんだんと引き込まれていく。

 その一方で、小さな少女も目を見開き、食いつくようにゲイリーの言葉を聞いている。

「星くずを溶かしたような、白銀の長い髪。端正に整ったかんばせには、常に優しい笑顔。振り向かれる、魅惑の微笑みに、女の心は射とめられていく。清々しいほどに美しいその青年は、王国騎士。しかし、それだけ美しい騎士ならば浮いた話の一つや二つあるそうなのに一切、そのような話はないんだ」

「身持ちが固い、というわけか?」

「ふふ、そうとも言えるが、原因が根本にあるんだ――何故ならば、その騎士は実は、女だったのだ」

 静馬が驚きに目を見開く。ゲイリーは手応えに笑みを浮かべながら、朗々とした声で締めにかかる。

「その女騎士の名は、フェン・ヴィーズ――」

 からん、と木の器が地を打つ。その音に、ゲイリーは言葉を止める。

 その腰にしがみつくように、ミアが飛びついていた。静馬とゲイリーが驚く中、彼女は初めてその瞳に感情を露わにして声を震わせる。

「フェンのこと知っているの? 知っているなら、お願いっ!」

 息を詰めるようにし、彼女は必死な声で告げた


「私を、フェンのところに連れて行って!」

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