第2話

 この国の騎士たる中臣静馬が、ゲイリーたちを発見できたのは偶然だった。

 元々、彼は一隊を率いてある調査任務に出向いており、その付近の地形を入念に調査していた。そこで部下が追われている荷馬車を補足したのである。

 緊急性を感じた静馬は、ただちに単騎で突出し、保護に向かった。

 その窮地を切り抜けた静馬は、すぐに部下たちと合流し、日も暮れかけていたのでそこで野営の準備を始めていた。


「――本当に、ありがとうごぜえました……! 騎士様……!」

 設営した天幕の中で、頭を下げる男性。それを静馬は苦笑い交じりに制した。

「いや――騎士としての当然のことをしたまでです。当然のそれよりも、災難でしたね。異国からはるばる来られたのに、襲われるなんて――」

「全くだ――ですぜ」

 こくこくと頷く男――ゲイリーは、ふと何かに気づいたように首を傾げる。

「あっしが、異国出身と言った――申しました、か?」

「言葉の訛りですよ。異国のアカツキ寄りの発音ですので……それより、言いにくいならタメ口でも結構ですよ。その代り、私もタメ口なら構いませんか?」

「おおっ、助かるぜ! いやぁ、敬語なんていつになっても慣れなくてよ」

 ゲイリーは手を打って喜ぶ。どうにも、嘘がつけない人物らしいが――。

「――ちなみに、何故、襲われたか心当たりは?」

「心当たりは――まあ、強いて言うなら、このガキだけどよ」

 ゲイリーは視線を横に逸らす。そこには、彼の隣に座ってその服の裾を掴んでいる少女の姿があった。服もぼろぼろ、髪はどろどろ――どこからか逃げてきたような感じだ。

 顔立ちは、多分、東方風。この国の人間ではあるが――。

「――えらくゲイリー殿に懐いているな?」

「まあ、成り行きで助けちまったけど――お前、名前は?」

「……ミア」

 小さくぼそりと言う。そうか、とゲイリーは頷きながら、ぽんぽんと頭を撫でる。

 その二人とのやり取りに、静馬は目を細めながら腰を上げる。

「いずれにせよ、二人とも休むのが先だな――食事と湯を用意させる。ゲイリー殿、ミアの世話を任せてもよろしいだろうか?」

「あ、ああ――構わねえよ」

「では、後ほど。何かあれば騎士に声をかけてくれ」

 静馬はそう言うと、腰を上げて天幕を後にした。


 外では騎士たちが休息を取っている。そのうちの一人の女騎士が気づいて歩み寄ってきた。つややかな長い黒髪に、黒曜石のような澄んだ瞳を細める。

「静馬様、保護した方々は如何ですか?」

「休んでもらっている。あとで食事と湯を頼む。飛鳥」

「御意に」

 副官の飛鳥が恭しく頭を下げたが、すぐに視線を上げて小さな声で告げる。

「それと、例の黒装束ですが――すぐに身元が分かるものは、ありませんでした」

「そうか。念のため、身ぐるみは剥いでおけ。何か手がかりがあるかもしれない――ゲイリー殿の荷馬車の荷は、どうだったか?」

「こっそり調べさせていただきました――中は、白い花がぎっしりと」

「白い花?」

「見かけない種類でした。恐らく、異国のものかと」

「――ふむ」

 納得したように頷き、静馬は空を見上げてため息をつく。

 夕闇に沈みつつある空。澄んだ空気を吸い込みながら、苦々しく思う。

(おかしいな、ただの調査任務のはずだったんだが――)


 中臣静馬は、近衛騎士だ。主として仰ぐのは王族たる第三王女、アウレリアーナ殿下。

 彼女の命令で進めていた、とある事件の調査の真っ最中だった。

 だが、その最中での、正体不明の手練れの集団――。

 さらには、海外からの吟遊詩人。身元不詳の少女までおまけでついてきた。


「――まさか、調査している事件に関係しているのでしょうか……」

「なんとも言えないが――多分、あの二人は巻き込まれただけだと思う」

 不安げに眉根を寄せる飛鳥に向け、静馬は腕を組みながらため息をついた。

「だが、あの黒装束共は――怪しいな。それに、見過ごせない」

 襲撃してきた黒装束は、明らかに訓練された動きであり、撤収も速やかだった。明らかに不自然な集団だ。事件に関与しているかどうかはさておき、放っておけない。

 王国内の治安を守る騎士としては、見過ごせない案件だ。

 二人の間に、沈黙が落ちる。だが、すぐに静馬は視線を上げて告げる。

「とにかく――二人を、王都に送り届けなければならない。追われている以上、手練れの護衛が必要だ。飛鳥、任せても構わないか?」

「了解しました」

 飛鳥が軽くうなずきながらも、少し浮かない顔だった。静馬が眉を寄せると、彼女は少しだけ気弱な表情で、そっと静馬に歩み寄り、彼の胸に手を当てる。

「――すみません、静馬様……少し、不安になっただけです」

「無理もない――こっちこそすまない。一人、別の任務を任せてしまって」

「いえ、お気になさらないで下さい」

 気丈に微笑んでみせる飛鳥。その笑顔に、静馬も励まされる心地だ。

 飛鳥はもう十数年、静馬の傍で寄り添い続けた相棒――気心も知れている。だからこそ、その不安が静馬にも伝わってくる――。

(この調査している――怪死事件、一筋縄では、いかないかもな……)

 静馬も胸の内に微かな不安を抱きつつ、空を見上げる。

 茜色の空は――徐々に色を漆黒に染めつつあった。

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