第208話 ぎっくり流行

 平日の朝。

 登校し教室へ入り、自分の席でぼんやり過ごしていた。


 そして彩香ちゃんがいないことに気付く。

 いつもならとっくに来ているはずの時間。

 もしかしてお休みなのだろうか。


 そんなことを思っていたら、ようやく彩香ちゃんが教室に入ってきた。

 しかし、なにやら腰に手を当てて様子がおかしい。


「彩香ちゃん、どうしたの?」

「いや~、ちょっとぎっくり腰になったみたいで」


「嘘でしょ彩香ちゃん……。その歳で……」

「言わないでよ……」


「まあ、最近は若い人にも増えてるって言うし。さすが彩香ちゃん、時代の最先端を走る女」

「私がいつ時代の最先端を走ったのよ」


 うむ、適当にしゃべっていたらよくわからないことを口にしてしまった。


「でもあれだね。ぎっくり腰と鬱は一度やると一生ものだよ。癖になるから」

「怖いこと言わないで……」


 彩香ちゃんはしゃべりながらも腰をさすっている。

 つらそうだ。

 よく休まずに来たよね。


「私もさすってあげるね」

「ぎゃっ! そこお尻よ!」




 次の休み時間。

 私は心配で彩香ちゃんのところへむかう。

 授業中もソワソワ動いていて気になっていた。


「大丈夫?」

「帰りたい」


「本当に帰った方がいいんじゃない?」

「帰るのもつらい」


 そこまでか。

 私はまだ経験がないけど、どんな状態なのかはだいたい想像できる。

 親友のため、どんな協力も惜しまないよ。


「私がおんぶして連れて帰ってあげるよ」

「いや、いいわよ。恥ずかしいし」


「じゃあ、お神輿しようか? 前やったみたいに」

「余計に恥ずかしいわよ!」


「そう? 残念だね」


 まあ、さすがに休み時間中に帰っては来れないし、ここは見守る方向にしよう。


「それよりもいったい何があってぎっくり腰なんかになったの?」

「ちょっとね、愛花ちゃんがかわいすぎてね」


「それはいつものことだよね?」

「そうなのよ! で、あまりのかわいさに抱きしめてクルクル回ってたの」


「ほう」

「そしたらグキッと」


「自業自得じゃないですか」


 気持ちはわからなくもないけどね。

 彩香ちゃんはそこまでしない人だと思ってた。


「白河さんだって柑奈ちゃんがかわいすぎてやるでしょ」

「私はほら、そのために鍛えてますから」


「くっ、そんな理由で鍛えていたなんて……」

「そのためだけではないけどね」


 元々は野球少女だったからだし。

 運動自体は好きだしね。

 もはや鍛えることに悦びを感じるほどだ。


「タンパク質がおいしい。筋肉が喜んでる」

「急にどうしたの!?」


「いや、私はスポーツ少女だということを思い出したんだよ」

「忘れてたの?」


「まあ、そうだね」


 最近は比較的おとなしくしていたからね。

 あと若干病んでたこともあって、私のパワフルな一面をお見せすることが少なかったように思う。


 やはりここらあたりで一発かましておきませんとね。


「よし、やっぱり彩香ちゃんのこと担いで帰るよ」

「いやいやいや、普通に帰るから」


「そう? でも心配だから今日は一緒に帰ろうね」

「まあ、一緒に帰るのはいいけど」


「よっしゃ、今日は彩香ちゃんを丸裸にするぜ」

「やっぱりひとりで帰るわ」


「冗談だよ」


 とはいえ、今日はまだ始まったばかり。

 帰るまでに腰が悪化する可能性もある。

 放っておくのは危険ではないだろうか。


「彩香ちゃん、とりあえず私がマッサージしてあげるよ」

「え? ぎっくり腰にマッサージって効くの?」

「分からないけど、きっと効くよ!」


 そう言って私は彩香ちゃんの腰に手を当てる。

 そして適当にそのあたりをさわさわしていく。


「あ、ちょっと、ダメ……」

「ここがええのんか? ここがええんやろ?」

「いやあああああ」


 ふぅ。

 いっちょうあがり。


「まあ、こんなもんかな」

「うう、汚されたわ……」


「そんなこと言っちゃって。いい声で鳴いてましたよ?」

「な、鳴いてないし! って、あれ? 腰が痛くない」


 そんなバカな……。

 適当にお触りしただけだぞ?


 まさか私の手は、癒しの手だったとでもいうのか。


「一応お礼を言っておくわ。ありがとう」

「ど、どういたしまして」


 まあ、治ったのなら良いことだ。

 もしかしたら私も特別な力に目覚めたのかもしれないな。




 ちなみに、次の日からなぜかクラスでぎっくり腰が流行。

 私の癒しの手が毎日のようにクラスメイトの腰を癒しております。

 大丈夫か、この子たちは……。


「白河さ~ん、早く~。私の腰をもんで~。ついでにお尻も~」

「はいはい~」


「私のぺぇももんで~」

「うっひょ~う!」

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