第176話 ナイスボート
「はぁ、はぁ、はぁ……」
激しい雨の中、私は山の中を走り続けていた。
ぬかるんだ道に何度も足をとられそうになりながら走り続ける。
自分の命を守るために。
雨を吸い込み、体に張り付いた服が重い。
気持ち悪い。
さすがに私の体力もそろそろ限界が近づいてきていた。
どうしてこんなことになってしまったのか……。
始まりは些細なことだったと思う。
私がひまわりちゃんの隣で小路ちゃんとイチャイチャしていただけのことだった。
その時からひまわりちゃんの様子がおかしかった。
偶然も重なり続けて、すれ違う日々が続く。
私が遊びに誘うと、ひまわりちゃんは紅葉さんとお買い物の約束があったり。
ひまわりちゃんが話しかけてきてくれた時に、私がたまたま愛花ちゃんといちゃラブしていたり。
ありさちゃんと一緒にジョギングしているところにすれ違ったり。
彩香ちゃんがドジっ子を発動して、私のお股に顔を突っ込んでいるところを目撃されたり。
ひまわりちゃんが私のお風呂を覗きに来たら、たまたま柑奈ちゃんと一緒にいちゃラブ入浴タイムだったり。
本当にいろいろな偶然が重なり合ってしまった。
そして決定的となった事件が起こる。
さすがにそろそろ何とかしたいと、私がひまわりちゃんの家まで足を運んだ時だった。
ひまわりちゃんは留守で、私は玄関で紅葉さんとおしゃべりをしていた。
「なんだか最近、ひまわりちゃんとうまくいってませんか?」
「うまくいってないといいますか……、別にお付き合いしているわけではないですが」
「一緒に遊べてないですよね」
「そうなんですよ。ちょっと寂しいです」
「寂しいですか……」
そう言いながら紅葉さんは私の手を取り、なぜか自分の胸に押し当てた。
「え? ちょっと……。紅葉さん?」
「私が慰めてあげますね?」
「いや、ちょっとまっ……」
その時、私のスマホに着信がありバイブする。
なんといいタイミングだ!
私は「ナイスッ」と心の中で叫びながら、それを言い訳に紅葉さんを止める。
そしてスマホを見ると、なんとひまわりちゃんからのメッセージ。
そこにはたった2文字「好き」と書かれていた。
嬉しくて、ちょっとにやけてしまう。
私たちはまだつながっている。
安心したその時だ。
その「好き」のメッセージがものすごい勢いで連打されていく。
私はその状況を呆然と眺めながら、少しずつ恐怖が湧きあがってくるのを感じた。
連打が止まる。
そして数秒後。
ひとつのメッセージが届く。
『さようなら』
私は背筋が凍り付き、そして開いたままだった玄関のドアの方から人の気配を感じた。
そこには死んだ目をして、こちらに突っ込んでくるひまわりちゃん。
そしてその手には、あり得ないことに刃物が握られていた。
突然のことすぎて、私はとっさに体をひねり回避してしまう。
しかし、その先には紅葉さんが。
「あっ……」
紅葉さんの小さな悲鳴。
そして赤く染まっていく玄関の床。
助けなきゃ……。
そう思っているのに、体が言うことを聞かない。
ひまわりちゃんがこちらをゆっくりと振りむく。
さきほどと同じ、光を完全に失った目で私を見る。
そしてこちらに一歩踏み出す。
その瞬間、金縛りが解けたように体が動く。
「うわぁあああああ!!」
私は逃げた。
追いかけてくるひまわりちゃん。
大丈夫だ、私の方が足も速いし、体力もある。
追いつかれることはない。
それでも恐怖が消えることはない。
誰か助けて……。
そう願っても誰もいない。
なぜだ。
世の中から人が消えてしまったかのように誰もいない。
大通りの方に逃げてみても誰もいない。
そんなことありえるはずがない。
何かがおかしい。
そう思っても私は走り続けるしかなかった。
ポツンと顔に何かが当たる。
「嘘……」
雨が降ってきた。
いつの間にか空は灰色に染まっていて、落ちてくる雨粒は次第に激しくなっていく。
数十秒もしないうちに豪雨となった。
もはや雨音でひまわりちゃんの足音が聞こえない。
振り返るとすぐ後ろにいそうで、怖くてそれもできなかった。
このままとりあえず家まで逃げるか?
いや、今のひまわりちゃんを家まで誘導するのはよくない。
これは私の問題だ。
誰かを巻き込むわけにはいかない。
誰か、誰か助けて……。
こんな時に助けてくれそうな珊瑚ちゃんやめぐりさんが来てくれることを祈る。
しかしそんな奇跡をあてにするわけにもいかない。
私はとりあえず山の方へとむかった。
かなり厳しくはあるけど、山の中なら視界も悪いし隠れられるかもしれない。
雨に濡れて、いろいろスケスケだが気にしている場合ではない。
どうせ誰もいないのだから。
舗装された道から、雨でぬかるむ道へと変わる。
足をとられそうになっても、こんなところで転ぶわけにもいかない。
ある程度進んだところではっと気付く。
このあたり、前に来たことがある。
確かこの先は崖みたいになっていたはずだ。
まずい。
私は立ち止まる。
いつの間にか雨はやんでいた。
もう動けない。
せめて木の影とかまで移動したかったが、そんな体力も残っていなかった。
早く回復をして身を隠そう。
そう思いながら濡れた地面に座り込み後ろを向いた。
そして顔をあげたその視線の先に、ひまわりちゃんの姿を確認する。
慌てて立ちあがる私。
まだ距離はある。
でも逃げ場はない。
「なずなさんが悪いんだよ……」
「え?」
「なずなさんは私のことなんてどうでもいいんだ」
「そんなことない!」
「私の部屋はなずなさんとの写真でいっぱいなのに……」
「……」
やばい。
私の部屋は柑奈ちゃんの写真でいっぱいだ。
もちろんひまわりちゃんのもあるが。
「私のこと好きだって言ったの嘘だったんだ」
「嘘じゃない!」
大好きなのは本当だ。
「結婚しようって言ってくれたの嘘だったんだ」
「嘘じゃない!」
言ったかどうかは覚えてないんだけどね……。
今はそんなこと言ってる場合じゃない。
「嘘だよ」
「嘘じゃない」
「嘘だ!!」
ドン!
私の体に衝撃が走り、そして浮遊感に包まれる。
あ、私、突き落とされたんだ。
あ~あ、もっとうまくやれたよね。
ごめんね。
落下しながら、私はいろんな女の子と遊びまわった日々を思い出す。
走馬灯ってやつかな。
確かに失敗だったかもしれない。
でも楽しかった。
もし人生をやり直せたとしても、私はまた同じようなことをするだろう。
ただ今度はもう少しうまくやってみせるけどね。
そんなことを考えていると、上から落ちてくるひまわりちゃんの姿が目に入った。
「ちょっ、それはダメ~!!」
私は必死に落下へ抵抗し、なぜだかひまわりちゃんを抱きとめることに成功する。
なんとかひまわりちゃんだけでも生かしてみせる!
ぎゅっと抱きしめながら、私はその時を待った。
……。
……。
ドスンと頭に衝撃。
目を開けると、見慣れた自室の天井。
どうやら後頭部を机の角にぶつけたらしい。
……。
……。
って。
「夢か~い!!」
まさかの夢オチ!?
あ~……。
怖かった……。
でもこんな夢を見るくらいだから、私の中に罪悪感のようなものがあったんだろう。
これからはもっとひまわりちゃんを大事にしないとね。
さっそく私は登校前にひまわりちゃんのところへむかった。
「ひまわりちゃん!」
「え、なずなさん!?」
驚くひまわりちゃんを、私は人目もはばからず抱きしめる。
「一生大事にするからね~!!」
「ふぇ!?」
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