第177話 海とみこさんと自転車

 休日。

 私は自転車で少し遠くの海まで来ていた。


 ふぅ……。

 お茶がおいしい。


 やっぱり海を眺めながらのんびりするのはいい。


「栗饅頭食べますか?」

「……ありがとうございます」


 いつの間にかみこさんが隣にいた。

 本当にどこにでもいるなぁ、この人。


「今日はどうしたのですか? また鬱ですか?」

「鬱じゃないですよ!? またってどういうことですか!?」


 私は鬱になったことないよ。

 多分。


「この前珊瑚ちゃんとお出かけしてから、自転車もいいなぁって思って」

「ついに自転車にまで手を出したのですね」


「言い方が引っかかるけど、まあそうですね」

「ふふふ、多趣味ですね」


 多趣味な方が人生楽しいからね。

 女の子についても多趣味だよ♪


「そういえば、みこさんはどうやってここまで来たんですか?」


 自転車ではなさそうだけど。


「魔法陣で」

「は?」


「私、神社の中にある転移魔法陣を使って移動できるんですよ」

「うっそ~ん」


「ふふふ」


 ウソって言わないぞこの人。

 ま、まさか本当に?

 ツッコまない方がよさそうだ。


「ところでなずなさん」

「はい、なんでしょうか」


「もしかして、最近悪夢とか見てませんか?」

「え、なぜそれを……」


「やはりそうでしたか」

「やはり?」


 どういうこと?

 なにか原因があるの?

 怖いんですけど……。


「なにかあるんですか私」

「いえ、別に」

「がくっ」


 何もないんか~い。


「ふふふ、肩を揉んであげますね」

「なぜ突然」


 まあ別にいいけど。


「もみもみ~」

「あ~いやされる~」


 なんか上手だ。

 とても気持ちいい。


「おっぱいももみもみ~」

「あ~いやされる……か~い!」

「ふふふ」


 どさくさに紛れて何をしてるんだこの人は。


 って、あれ?

 なんか体が軽くなってる?


 というか、前はこんな感じだったかも。

 最近がおかしかったのか。


 みこさんがちょっと肩を揉んでくれたくらいでこんなに?

 すごいなぁ。


「おや、どうしたのですか? もしかして揉まれて喜んでます?」

「違います! 体が軽くなって喜んでるんです!」


「そうでしたか」

「私は胸を揉まれて喜ぶような変態じゃありませんよ」


「ふふふ、そうでしたか」

「そうでしたかって……」


 まるで私が変態みたいじゃないか。

 失礼しちゃうでありますよ。


「まあ、お祓いが成功したようでよかったです」

「え……、今なんと?」


 お祓い……?

 ちょっと待ってくださいよ?


 いきなり体が軽くなるなんておかしいと思った。

 もしかしなくても本気で何かに憑りつかれてたとか?


 ひょえ~。


「ふふふ、大好きって言ったんですよ」

「いや、絶対違いますよね」


「大好きなのは本当ですよ」

「え、あ、ありがとうございます……」


 ちょっと、不意打ちだよ。

 ときめいちゃうじゃない。


 私は私のことを好きな人が好きなんだから。

 惚れてしまうよ~。


「それでは」

「え、ちょっと……」


 消えちゃった……。

 いつも突然なんだからなぁ。


 ひとりになっちゃった。

 なんだか寂しいなぁ。


 元々ひとりだったのになぁ。

 も~、私の心を惑わして。


「寂しいですか?」

「寂しいですね……って、みこさん!?」


 なぜいる……。

 消えたんじゃなかったのか。


「えっと、どうしたんですか? さっき帰りましたよね?」

「ええ。でもなずなさんのことが気になってしまって」


「それで戻ってきてくれたんですか?」

「はい」


 嘘……。

 こんなの惚れてしまうよ。


「みこさ~ん!」

「はいはい」


 私はみこさんの胸に顔をうずめ、すりすりした。

 こんなチャンスめったにないからね。


「なずなさんは甘えん坊さんですね」

「バブ~! おぎゃ~」


 私は大切な何を犠牲にしながら、みこさんの甘い香りを堪能し続けた。

 しばらくして満足した私は、みこさんの胸から顔をあげる。


「ありがとうございました」

「いえいえ。かわいかったのでいいですよ」

「そ、そうですか?」


 かわいい……?

 さっきのが?

 これが母性本能ってやつなのか。


「それでは元気になったところで、今度こそ帰りましょうか」

「そうですね」


「このままなずなさんの家まで遊びに行きますね」

「え、いいんですか。なんか嬉しいです」


 そんな話をしながら、私は自転車のところまで移動し、サドルにまたがる。

 てっきりみこさんはここで消えるのかと思っていたのだが。

 私の後ろにぴったりと密着し、抱きついてきた。


「それでは参りましょう~」

「みこさん」


「なんでしょう」

「二人乗りはダメです」


「……真面目ですね」

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