第170話 あまみさんと謎の和菓子

 私は今、お馴染みの甘味処『小倉庵』に来ている。

 お散歩していたらついつい寄ってしまった。


「いらっしゃいませ、なずなちゃん」

「こんにちは~」


 そしてお馴染みのあまみさん。

 いつもなら「また別の女の子と一緒」とからかわれるところだけど、今日はひとりなので大丈夫だ。


「今日は何か用でもあった?」

「え? いや、甘いものを食べに来ただけですけど……」


「あ、そうか、そういえばここお店だった」

「いやいやいや」


 自分の家のお店だとこんな風になるのだろうか。

 いや、そんなことはないはずだ。

 まあ、知り合いが尋ねてくると家にいるみたいな感覚になるのはわからなくはない。


「みたらし団子をお願いします」

「はい、みたらし団子ですね」


 いつもはおぜんざいにすることが多いけど、今日はお団子の気分。

 ここのみたらし団子は絶品なのだ。


 まあ、定番の和菓子がおいしくないお店なんて出会ったことないけど。

 しばらくして、焼きたてのお団子が運ばれてくる。


「お待たせしました~」

「ありがとうございます」


 あったかいみたらし団子、いただきます。

 うん、おいしい。

 残念ながら私にはスーパーの安いみたらし団子との違いはわからない。


 だけど、とにかくこのお団子がおいしいというのは間違いない。

 お団子を堪能する私の前で、あまみさんがなぜかじっとそこに立っていた。


「えっと、なにか御用でしょうか?」

「まあね」


「なんでしょうか」

「ふふふ、実はこれをプレゼントしようと思って」


「なんですか?」


 私はあまみさんから謎の紙袋を受け取る。

 謎というか、ちゃんと小倉庵の袋なのだが、なぜかあやしい感じがした。

 中を覗いてみると、どうやら和菓子のようだ。


「もらっていいんですか?」

「うん、ちょっと実験的なものだから」


「え? なんか変な味とかですか?」

「違う違う。でもこれを渡したらね、その相手はきっとイチコロよ」


「どういうことですか?」


 イチコロって、私に惚れるとかそういうこと?

 そんなバカな……。


 それが本当なら、今私があまみさんにイチコロにされているはずだ。

 もちろんあまみさんのことは大好きだけども。


「クラスメイトあたりに試してみることをおススメするよ」

「まあ、もらっておきます。ありがとうございます」


「ふふふ、結果も教えてね」

「あ、はい」


 まあ、何も起きないと思うけどね。




 翌日、学校へその和菓子を持っていった私。

 しかし、そのことをすっかり忘れて放課後になってしまった。

 さて、どうしたものか。


 もう自分で食べてしまおうか。

 いや、それだと結果を報告ことができない。


 教室を見回すとまだ残っているクラスメイトはけっこういる。

 この中の誰かに渡すのがいいだろう。

 部活に入ってなさそうな子がいいよね。


 あとはあまり私と接点がなくて、それでいて私がイチコロにできると嬉しいかわいい子がいい。

 ぐふふ……。


 おっといけない。

 悪い心が出てしまった。


 でももしそんな魔法のような効果が期待できるのだとしたら……。

 よし、あの子にしよう。


 私はクラスメイトで気になっていたけどあまり交流できていなかったあの子に狙いを定める。

 おとなしい子なので怖がらせないように気を付けないと。


「あの、ちょっといいかな」

「え? ひゃっ、白河さん!?」


 あら、ちょっと声をかけただけで怖がらせてしまったか?

 こんな状態で突然和菓子なんか渡したら余計に怖がらせてしまう気が……。

 最悪食べてもらえない可能性も。


 そのままゴミ袋行きなんてなったら食品ロスになってしまう。

 それはSDGsの観点からも大変よろしくない。


 だがしかし、ここから引き下がるのも余計に怪しまれてしまう可能性が……。

 ここは……、いくしかない!


「あの、これもらってくれませんか」

「え、え? 白河さんが、私に?」


「うん、君にもらって欲しいんだ」

「これは、和菓子ですか?」


「そうなんだ。他の人にはナイショだよ」


 まあ、教室の中で渡しておいて内緒とかおかしいか。


「あ、ありがとうございます……」

「ちゃんと食べてね?」


「は、はい」

「それじゃあ、また明日。バイバイ!」


 なんか途中で恥ずかしくなったので、私は逃げるようにその場を去った。

 ちゃんと食べてくれるだろうか。

 若干不安である。




 そして後日。

 肝心のイチコロになったかどうかの経過である。


 次の日も、その次の日も、その子からの接触はなかった。

 何もなかったのである。

 あの和菓子には何も効果がなかった、そう思った。


 しかし、しかしだ。

 何かがおかしい。


 そう気付いた時にはすでに遅かった。

 あの子は私のストーカーみたいな子になってしまっていたのだ。


 解決するのにラノベ1冊分くらいの苦労話があったのだが、ここでは語りたくないので省かせていただきます。

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