第169話 珊瑚ちゃんと自転車旅

 今日は珊瑚ちゃんと遊ぶ約束をしている。

 家で待っていてほしいとのことだけど、いつもの黒い車でむかえに来てくれるのだろうか。


 出かける準備だけ済ませ、タブレットでマンガを読みながらその時を待つ。

 しばらくすると『もう少しで着きます』とメッセージが入ったので家の前で待つことにした。


 てっきり車だと思っていたのでボーっとしていたら、こちらに近づいてくる自転車の存在に気付く。

 まるで太陽のような……、というと大袈裟だけど、キラキラと光りの玉を振りまくお嬢様。


 長い髪が風に流され、太陽の光を反射しているのだろう。

 そんな住む世界の違いそうなお嬢様が、どこにでも売っていそうなシティサイクルにまたがって我が家にやってきた。


 なんかすごい違和感だ。


「お待たせしました、なずなさん」

「全然待ってないよ~」


 本当に今出てきたところだし。


「今日は自転車で出かけるんだね?」

「はい! この日のために練習してきたので」


 なるほど。

 最近まで乗れなかったのかもしれないな。

 乗れるようになったら、どこかへ出かけたくなるのも無理はない。


「ちょっと待っててね」


 私も自転車を準備し、そこにまたがる。


「それじゃ行こっか」

「はい!」


「それでどこに行くの?」

「どこか遠くまで……。ふたりだけの世界へ行きましょう」


「……」


 ……どこ?


「ふふふ、私についてきてください。湖のあるきれいな場所なんです」


 それだけ言うと、珊瑚ちゃんは先に行ってしまう。

 慌てて追いかけながら、湖というとあの神社のあるあたりかなと予想する。


 しかし珊瑚ちゃんはいつもの自転車道を逆向きに進んでいく。

 こっちの方に湖なんてあっただろうか。

 あまり来ない方角だからなぁ。


 もしかしたらものすごく遠くまで行くつもりかも。

 私は大丈夫だけど、珊瑚ちゃんの体力はそこまで持つかな?


 そんな心配をしていたわけだけど、意外なことに珊瑚ちゃんはけっこうなスピードを維持したまま走り続ける。

 もう1時間くらいは走ってるだろうか。


 その平凡そうなシティサイクルは魔改造でもされているのかもしれない。

 そんなことより、せっかく珊瑚ちゃんとふたりきりだというのに会話なし。

 仕方ないとはいえ、1時間もただ走ってるだけなんだよね。


 景色はいいんだけど、それはひとりで走っていても楽しめるからなぁ。

 とりあえず今は走り続ける。

 早く着いてほしいなぁ。


 そう思っていたら、自転車道はカーブを描き、そしてその先にはついに湖と思われるものが見えてきた。

 キラキラした水面がとても綺麗で、ついついペダルをまわすことを忘れてしまいそうになる。


 しばらく進んでから自転車道を外れ、湖の近くで自転車をとめた。

 目の前に広がるキラキラ光る水面。


 海でもないし、そこまで大きな湖でもないけど、きれいなものはきれいなのだ。

 湖のまわりはキャンプができるような感じで開けている。

 そういう場所ではないと思うけど。


「どうですか? きれいな場所でしょう?」

「そうだね、すごくきれい」


 こんなところよく見つけたものだね。

 一度来たのだろうか。


 それとも誰かの紹介?

 なんにせよ、苦労して来た甲斐はあったというものだ。


「ふふふ、あっちの方にも行ってみましょう」

「うん」


 私は珊瑚ちゃんの後について歩き出す。

 アスファルトで整備された道ではないのでちょっと歩きづらい。


 気を付けて進まないとね。

 なんて思っていたら、目の前で珊瑚ちゃんが足をとられた。


「きゃっ」

「おっと」


 私は神速で珊瑚ちゃんを抱きとめ、引き寄せる。


「大丈夫?」

「は、はい。ありがとうございます」


「自転車旅だったし、疲れてるのかもね。私が運んであげるね」

「え? ええ!?」


 私は珊瑚ちゃんをそのまま持ち上げてお姫様抱っこする。


「ひゃわ……」

「どちらにむかいますか? お嬢様」


「えっと……、それではあっちの方へ」

「ふふ、了解」


 腕の中にいるお嬢様。

 不思議と全然重くなかった。

 いくら軽いとは言っても人間だ。


 こんなに重さを苦に思わないのはまるで魔法にでもかかっているかのようだった。

 ……それか日々の筋トレの成果かもしれない。


 そんな感じでしばらく歩いていると、ちょっと強めの風が吹く。

 その風に乗って何枚かの花びらと、ほんのりと甘い香りが運ばれてきた。

 私たちは誘われるようにその先にむかっていく。


 行く先には細い道があり、よくわからないけどなんとなくその道を進んでみた。

 狭い道を抜けた先、少し開けた場所で、私たちは幻想的な光景を目にする。


 なにかはわからないけど、まるで季節外れの桜でも咲いているかのような白い花の木が並んでいる。

 そして地面にも一面のお花。


 異世界にでも迷い込んだかのような光景だった。

 そう、何かのRPGで見た、妖精の国みたいだ。

 私は珊瑚ちゃんを降ろし、なんとなく手を繋いでふたりでその光景に見入っていた。


 もしかしてここは天国?

 帰れなくなっちゃったりして?


「なずなさん、ここは私たちふたりの秘密の場所にしましょう」

「え、どうして?」


 こんな綺麗な場所、みんなにも見せてあげたい。


「何となくです」

「そっか、わかった」


 何となくという珊瑚ちゃんの気持ち。

 私も何となくだけどわかる気がした。


 だからここは私たちだけの秘密にしよう。

 そんな心地良い時間を過ごしている時、それをぶち壊すように私のお腹がなった。


「……」

「……」


 うむ、珍しいこともあるものだ。

 せっかくのいい雰囲気が台無し。

 一気に現実に引き戻された気がするよ。


「ふふふ、お昼ご飯にしましょうか」

「そうだね」


 と言いつつ、そういえばお昼ご飯とか持ってきてないや。

 出かける時はこんなところまで来ると思ってなかったし。

 近くに買い物できる場所があればいいんだけど。


「なずなさん、さあ行きましょう。そろそろ用意できてると思いますし」

「え? 用意?」


 よくわからないまま、珊瑚ちゃんとともに自転車をとめたあたりに戻っていく。

 するとそこには見覚えのある黒い大きな車と他数台。

 それからいつもの黒服のお姉様方がいた。


 そしてレジャーシートが敷かれ、いかにもピクニックなお弁当が用意されている。

 幻想などかけらもないけど、とても楽しそうで心が躍った。


「さあ、いただきましょう」

「うん、いつもありがとうね」


 黒服お姉様も交えての大人数でのお昼ごはんは、まるで学校行事みたいで楽しかった。

 また来たいなぁ。


 ……ちなみに帰りは自転車を車に積んでもらって帰りました。

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