第161話 春の映画鑑賞会
放課後、同好会の活動も終わり帰宅する。
玄関に入ると、お客さんのものと思われる靴があった。
大人とこどもの靴がそれぞれあり、こども用の靴には見覚えがあった。
これはもしや、かおりちゃんとさくらさんでは?
かおりちゃんが私に会いに来ていたのだとしたら申し訳ない。
とりあえずリビングに顔を出してみよう。
そう思いドアを開く。
そして衝撃の光景がそこにあった。
なんとお母さんとさくらさんが抱き合っていたのだ。
お母さんからは私のことは背になって見えないけど、さくらさんとはばっちり目が合ってしまう。
目を見開き固まるさくらさん。
その様子に気付いて、ついにこちらを振りむくお母さん。
「……」
「……」
「……お邪魔しました~」
気を利かせて退室しようとする私。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってなずなちゃん、違うのよ!」
「だ、大丈夫だよお母さん。えっと、よくわからないけど、2時間くらいどこかで時間潰してきたらいいんだよね?」
「違う違う違う! これはただの事故で、ってキャッ」
慌てたお母さんは体勢を崩し、さくらさんと共にソファへと倒れこむ。
「お母さん、そういうのは夜になってから私たちのいないところでやってね? じゃっ!」
「待って~!」
お母さんの声を振り切り、私はリビングのドアを閉めた。
ふぅ~。
まさか我が家のリビングでこんな薄い大人の本みたいな展開が繰り広げられようとは……。
私も大人になったら混ぜていただきたいものだ。
と、そこにおトイレにでも行っていたのか、かおりちゃんがこちらにむかって歩いてきた。
「あ、お姉ちゃん!」
「やっはろ~、かおりちゃん」
「どうしたんですか? そんなところで」
「なんでもないよ。ふたりの邪魔になっちゃいけないから、外で遊ぼうか」
「は~い」
私たちは、お母さんたちに気を遣って外で遊ぶことにした。
玄関の扉を開けると、温かな春の風に乗って花の香りが運ばれてくる。
まさかお母さんたちにも春が来ていたなんてね。
ふたりの幸せを願いながら、私が家の扉を閉めようとした時、リビングからお母さんが飛び出してきた。
「なずなちゃん! あなたはきっと勘違いをしているわ!」
「勘違い? 大丈夫だよお母さん。ちゃんとわかってるから」
「いえ、絶対にわかってないわ。さっきのはね」
「さくらさんが転んで抱きとめただけでしょ?」
「そうそう……、ってあら? ちゃんとわかってる?」
「ふっふっふ」
「か、からかったのね、なずなちゃん!」
「えへへ、私もよくからかわれるから、仕返しだよ~」
「うう~、確かにやられた側はたまったものじゃないわね……」
「そうだよ、だからあんまりやっちゃダメだよ?」
「反省します」
「うん」
というわけで家の中に戻ることにしよう。
「そういえばさくらさんたちはどうしてうちに?」
平日の夕方にうちに来ているなんて何かあったのだろうか。
「たまたま私とさくらさんがお休みだったから、今日一緒にお出かけしてたのよ」
「え、お休み?」
お母さん、いつの間にそんなホワイトな環境になっていたんだ。
そもそも何をしているのか知らないけど。
どこかの兼業百合小説家とは大違いだ。
「平日の昼間に行くアニメショップは最高ですね! 人生の勝ち組って感じがしました」
さくらさんがこどものようにキラキラした目でそう言った。
幸せそうでなによりである。
人生は一度きり。
同じ時間は二度とやってこない。
無駄にしていい時間などないのである。
「私たちはここで今日手に入れたアニメの鑑賞会をするけど、なずなちゃんたちも見る?」
「どんな作品なの?」
「とってもいいものよ」
「……それ、大人の円盤じゃないよね?」
「なずなちゃんは私たちをいったいなんだと思ってるの?」
そんなこと言われても、度々大人の階段を上られたらそう思っても仕方ないと思うんだ。
私は悪くない。
とりあえず私もアニメ鑑賞会に参加することにしよう。
ヤバい内容だったら、即かおりちゃんを連れて離脱だ。
というわけで私はかおりちゃんを膝の上に乗せて抱き寄せる。
別にやましいことを考えているわけじゃない。
すぐにかおりちゃんと逃げだせるように準備しているだけだ。
本当だ。
信じて欲しい。
私はかおりちゃんの温かな感触に癒されながらアニメを鑑賞する。
そのアニメはとある日常アニメの劇場版だった。
当時、私も見に行こうかと思っていたけど、そこまで話題にあがってなかったのでスルーした作品だ。
さてさていかほどのものか。
……。
……。
……。
そして約1時間半後。
「よかった……」
素晴らしいアニメだった。
これはもう神様が御作りになったアニメと言っても良いだろう。
なぜだ。
なぜ最近はこんないいアニメが話題にならないのだ。
もしかして私の感覚が世の中とずれているのか?
もうなんでもいい。
今はこのアニメとの出会いに感謝だ。
あ~、やっぱり幼馴染百合は最高ですわ。
いかんいかん、未だににやけてしまう。
私はかおりちゃんの頭に顔を当てて深呼吸する。
ふぅ~、これで私もポーカーフェイス。
ちらっと他のふたりの様子を見てみる。
……うわぁ。
とてもじゃないが映像ではお見せできないような顔をしていらっしゃる。
すごい破壊力のアニメだ。
「む~」
「どうしたのかおりちゃん」
私の腕の中にいたかおりちゃんが小さな声でうなる。
「私も幼馴染欲しかったです」
「ああ、そうだね~」
私には茜ちゃんという幼馴染がいる。
それはとても幸せなことだと思う。
幼馴染というのは、欲しがったところで後から作れるものじゃない。
だからこそ、幼馴染百合というのは尊いのである。
「かおりちゃん、幼馴染は無理だけど、お姉ちゃんとして、私が幸せにしてあげるからね」
「……はい、ありがとうございます!」
私はかおりちゃんを抱きしめ、頬をスリスリした。
そしてお母さんたちはふたりそろって天に召されている。
そんな異様な光景は、柑奈ちゃんが帰ってきて小さな悲鳴をあげるまで続いたのだった。
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