第112話 赤坂家とプール、本命はお風呂
私は軽い運動のため近所を走りつつ、ついでに近所の公園でウォッチングを楽しみ、今ちょうど我が家まで戻ってきたところだ。
玄関にむかうと、扉の前に人影がありビクッとなる。
しかしその人影はひまわりちゃんだった。
「ひまわりちゃん? どうしたの? そんなところで」
「遊びに来ました~!」
「ずっと待ってたの? 連絡くれたらよかったのに。あ、でも今、柑奈ちゃんはお母さんと出かけちゃってて……」
「大丈夫です! 今日はなずなさんに会いに来たんです」
「私に?」
「はいっ」
「そっか……。じゃあ走りに行こうか」
「え、なんで……」
「ほらほら、捕まえてごらんなさ~い」
「え、待って~」
そうして私たちは30分ほど川沿いの道を走る。
再び家に戻る頃にはいい感じに汗をかいていた。
「ぜは~、ぜは~」
「ふぅ、いい汗かいたね!」
「なんでなずなさん、そんな元気なんですか~」
「そうかな? 普通だよ普通」
「どんな体力してるんですか~」
「あはは。よし、次はなにする? 腕立て腹筋スクワット、なんでもいいよ?」
「いつからそんなマッスル女になったんですか~」
「あはは、冗談だよ冗談。それじゃあ家の中で遊ぼうか」
「あ、今日はこんなことしに来たんじゃないんですよ」
「どうしたの?」
「なずなさん! プールへ行きましょう!」
プール?
今の季節でプールなんて言葉が出てくるとは思わなかったよ。
この前海に行ったから泳ぎたくなったのだろうか。
「でもまだ早くない?」
「大丈夫です、室内の温水プールですから」
「そっか~、でもなぁ……」
正直プールって、突然行くには面倒くさいよね。
私が乗り気じゃないと悟ったのか、ひまわりちゃんは私のそばに近づいてきて、耳元でそっと囁く。
「行こうとしてるプールにはお風呂もあるんですよ。プールの後は一緒にお風呂へ……」
と、そこまで聞いた時点で私の体は勝手に動き出していた。
「何してるのひまわりちゃん。早く行くよ!」
「え、ちょっと! なんも準備してないですよ~?」
そして約1時間後。
私たちはプールのある大きな施設の前にいた。
「いや~、楽しみですね~、お風呂♪」
私の前で浮かれているのはひまわりちゃんの母である紅葉さん。
どうやら初めから一緒に行くつもりだったらしく、準備万端で私たちを待っていた。
なぜか私の水着まで用意してくれたらしく、ありがたいけどちゃんと着れるのか不安だ。
いろんな意味で。
「紅葉さん、メインはプールの方ですよ」
「わかってますよ~。でもでも、なずなちゃんだってどっちかというとお風呂を楽しみに来たんじゃないんですか?」
「え? いや、そんなことないですよ~」
「あはは、わかりやすいですね~」
まあ実際ばっちりお風呂目当てですけどね。
だってお風呂は水着禁止ですから。
つまりはそう、普段は衣服に身を包んでいるこの方たちも、その時ばかりはすっぽんぽんのぽ~んなわけですよ。
これはもう、楽しみじゃない方がおかしいですよね。
ああ、はやくひまわりちゃんを脱がせたい……。
「はあはあはあ……」
「な、なずなさん……、なんか怖い……」
私が興奮をおさえながらひまわりちゃんを見たら怖がられてしまった。
いけないいけない。
何かを悟られて警戒されては意味がない。
それに見られるのは私も同じ。
正直苦手だ。
せめて人が少なければいいのだけど。
でもそれはそれでこのふたりの視線が私にむく可能性が高くなってしまう。
どうにか私は見られずにこのふたりを拝み倒す方法はないものだろうか。
この難題に私が脳をフル回転させて頑張っていると、気付けば私は水着姿になってプール入り口のシャワーを浴びていた。
え、怖いんだけど。
「にしし」
紅葉さんの変な笑顔がさらに怖い。
知らないうちに何かされたのだろうか。
怖い。
まあ過ぎたことは仕方ない。
よ~し、今日はひまわりちゃんを偶然を装って触りまくるぞ~!
「きゃっ」
「ひゃっ」
「ごめんなさいなずなちゃん。足が滑っちゃって」
「あ、いえ、大丈夫ですよ」
「本当にごめんなさい。って、また足が」
「……」
なんか紅葉さんが偶然を装って私の体を触りまくってくるんですが……。
絶対にわざとだと思うんですよ。
こうなったら次はカウンターで胸を鷲掴みしてみせる!
「やっぱり最初は流れるプール行きましょうか」
「……」
そう言いながら紅葉さんは流れるプールにむかって歩いていった。
……来ないんかい!
く~、このままじゃあなたの娘さんがどうなっても知りませんよ~。
私は標的としたひまわりちゃんの方をむく。
そこにいたのは、フリフリのワンピース水着に身を包んだ、紛れもない天使だった。
「なずなさん? なんで固まってるんですか?」
ひまわりちゃんは私の様子を変に思ったのか首を傾げている。
その仕草もさらにかわいい。
これはもう、もうね。
「めっちゃ鼻血もんやで……」
「なずなさ~ん!?」
ああ、今ならわかるお母さんの気持ちが。
やっぱり私たちは母娘なんだなと、こんなところで再確認できたのだった。
……ぶほっ。
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