第110話 おでかけの理由は

 海からの帰りの車。

 来るときと同じ組み合わせで車に乗っている。

 違うのは珊瑚ちゃんが不自然に私の隣に座っていることだ。


 距離が近い。

 なんだかいい香りがして、暴れ出しそうになる私の中の野生をなんとか大和撫子姫がおさえてくれている。


 しかしおさえきれるだろうか。

 強いですよ、私の中のケダモノは。


 ほら、今も私の手はやわらかい何かを揉みしだこうとわしゃわしゃしていますよ。

 止められるものなら止めてごらんなさい、大和撫子姫。


「あの、今日はありがとうございました」


 と、私がひとり脳内劇場を繰り広げていたら、急に珊瑚ちゃんから話しかけられた。


「え? お礼を言うのはこっちの方だよ? こんなにいろいろしてくれて」

「そんなことはありません。一緒に過ごすことができて、私は幸せでした」


「なんで、そんな最後みたいな言い方……」

「……」


「え、嘘だよね……?」


 私の問いかけには何も答えずに窓の外を見る珊瑚ちゃん。

 そんな、まさか……。


 でも珊瑚ちゃんは本物のお嬢様だし、なにか急なことがあってもおかしくない。

 もしかしてお見合いとか?


 ダメダメ!

 相手が誰であろうとダメダメ!


 私の大好きな珊瑚ちゃんが知らない人の物になるなんて耐えられない。

 そんなことになるくらいなら、私がその相手をピーしてあげるから!


 もはや魔女になりかねないほど黒い感情が渦巻いていると、そっと珊瑚ちゃんが私の方に頭を預けてきた。


「少しだけ、こうさせてください」

「珊瑚ちゃん……」


 なんだか今日は急なお出かけだったけど、最後の思い出作りだったんだね……。

 私は珊瑚ちゃんの肩に腕を回し、そして髪を顔をうずめる。

 さらさらで気持ちいい。


 まるでカシミヤの毛布みたいだ。

 いやまあ、カシミヤ知らないけど、多分こんな感じだと思う。

 なんというかトロトロのマイクロファイバー毛布みたいな感じ。


 隣でこんなことをしていたら何か言われるかと思ったけど、ひまわりちゃんも「今日は譲ってあげます」と言っておとなしくしていた。

 しかし、そんな悲しいムードを、運転している黒服お姉さまが一言でぶち壊す。


「作戦成功ですね、お嬢様」

「ちょっと! ばらさないでくださいますか!?」

「……」


 あ、演技だったわけですか?

 まあ確かに、珊瑚ちゃんは別に嘘は言ってないね。

 私が勝手に勘違いしただけ、とも言える。


 くっ、やられたよ。

 でもよかった。

 珊瑚ちゃんともう会えないなんて嫌だからね。


「うりゃ~!!」

「きゃ~! なずなさん、どうしたんですか~!」


 私は珊瑚ちゃんに抱きついて、いろいろなやわらかさといい香りを楽しんだ。

 それはもうめちゃくちゃにしてあげましたよ。




 黒服のお姉さま方はみんなをひとりひとり家まで送っていき、今は私と珊瑚ちゃんのふたりになった。

 私も家まで送ってもらい、さらに後ろからお母さんたちを乗せて来てくれたキャンピングカーも到着。


「珊瑚ちゃん、今日はありがとう。楽しかったよ」

「うふふ、私も楽しかったです。またお出かけしましょうね」


「うん、そうだね」

「ではまた学校で」


 そう言って車に乗り込もうとする珊瑚ちゃんの手を、なぜか私は無意識で握ってしまった。


「えっと、なずなさん? どうかしましたか?」

「あ~、えっと、今日泊っていかない?」

「え?」


 珊瑚ちゃんがすごく驚いて目を丸くしている。

 いや、私もびっくりしてるんだけど。


「楽しそうですけど、今日は何も準備してないのでまたの機会に」

「あはは……、そうだよね。ごめんね急に」


 と、話が流れそうになった時、キャンピングカーを運転していた黒服のお姉さまがなにやらバッグを持って近づいてきた。


「お嬢様、なぜかこんなところにお泊りセットが」

「なぜ!?」


 珊瑚ちゃんも驚く準備の良さ。

 バッグの中には下着なども入っていて、この黒服のお姉さま方を少し変な目で見てしまった。


 いや、きっと新品なんだろう。

 うんうん。


「ではお嬢様、また明日お迎えに上がりますので」

「え、ちょっと!」


 いつの間にか車に乗り込んでいたお姉さま方は、しゅっと敬礼をして車を発進させた。

 目の前には置いていかれたお嬢様。


「とりあえず家に入ろうか」

「は、はい」


 辺りが暗くてよくは見えなかったけど、きっと顔を赤くしているんだろうなと思うほど恥ずかしそうにしている珊瑚ちゃんがかわいかった。


「とりあえず荷物を私の部屋に置いちゃおうか。私はお風呂の準備してくるね」

「はい」


「せっかくだし、一緒に入ろうか」

「ええ!?」


 珊瑚ちゃんがまたも目を丸くして驚く。

 今日はなんだかおとなしめだね。

 かわいすぎて君を食べてしまいそうだよ。


 私がひとりでニヤニヤしていると、柑奈ちゃんがぐいっと私の腕を引っ張った。


「姉さん、今夜は私とお風呂入る約束だよ」

「あ、そうだったね。じゃあ3人で入ろっか」

「うん、そうする」


 あ、いいんだ。

 そういえば柑奈ちゃんは珊瑚ちゃんのことお姉さまって呼ぶくらいに好きなんだもんね。

 そんな話をしていると、お母さんが後ろからリビングに入ってきて微笑ましそうに話しかけてきた。


「3人でお風呂? いいわね~。ネタ的にも」

「ネタ? えっと、お母さんも一緒に入る?」

「ええ!?」


 今度はお母さんがこっちがびっくりするくらいに驚く。

 言っておいてなんだけど、さすがに4人は無理か。


 いや、でも、頑張れば何とかなるかも。

 私はみんなの肌と肌が触れ合う妄想をしてニヤニヤする。


「めっちゃ鼻血もんやで……」

「って、お母さ~ん!?」


 私ではなくなぜかお母さんが幸せそうな顔で召されてしまった。

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