第89話 かおりたんと田舎の海
先日の放課後、いつもの甘味処で柑奈ちゃんと茜ちゃん、そして珊瑚ちゃんの逢引を目撃してしまったショックを引きづったまま、休日をむかえた私は電車を使ってひさしぶりに海を眺めに来ていた。
気分転換のため、今日は前から行ってみたいと思っていた、ちょっと田舎の海だ。
綺麗に整備された都会の海辺も好きだけど、本当に静かで自然がたくさんのこの場所も私はすぐに気に入った。
「空気がおいしい……。私の砕けた心が繋ぎ合わされていく気がする……」
そんなことをわざわざ口にしながら、誰もいない海辺の道を歩いていく。
まるで神社の中にいるかのように心が浄化されていく気がした。
きっと今日が終わるころには私もすっかり元気になれていることだろう。
穏やかな風が木々を揺らしてさわさわと音を鳴らす。
私の頬をやさしく撫で、同時に潮の香りを運んでくる。
誰もいないのをいいことに、道の真ん中で立ち止まり深呼吸。
肺の中の空気を、いろいろとため込んだ気持ちとともに吐き出し、代わりに新鮮でやさしい空気を吸い込んでいく。
そんなことをしている時、ふと視線をやった先、少しだけ遠いところに人影を見つける。
今は人に会いたくないなって思った。
だけど、その人影はさらさらしていそうな長い黒髪と華奢な体、そして白いワンピースを身にまとっている。
これで麦わら帽子でも被っていたら、どこかのアニメのキービジュアルみたいだと思った。
遠目だからもしかしたら違うのかもしれないけど、それは小さな女の子のように見える。
やはり私は私。
こんなときでも、かわいい女の子かもしれないという期待から、私はその女の子のところへむかって歩いていった。
海沿いの道を進み、石畳の階段を降りていく。
そしてびっくり。
「え?」
「ええ!?」
その女の子は私の知る人物で、花宮かおりちゃんだった。
「お姉ちゃん!? どうしてここに」
「かおりちゃんこそどうしてこんなところに……」
え、やっぱり私の居場所って捕捉されてる!?
いやでも、これは本気で驚いてるみたいだし偶然かな。
だとしたらもう私たちは結ばれる運命なのかもしれない。
結婚しよう、かおりちゃん。
「私はね、お散歩してます」
「お散歩? こんな遠くまで?」
「はい、私は体が弱いからたまにこうやって自然の多いところに連れてきてもらうんです」
「じゃあお母さんも一緒?」
「そうですよ。本当はもう少し遠くにある島に行ければいいんですけど、なかなか大変なので」
「そうだよね、ここでも十分遠いのに。そんなにいい島なの?」
「神様の住む島って言われていて、そこにいるだけでなんだか元気になれる気がするんです。ここはその島によく似ているので」
「そっか、私もその島、興味あるなぁ。ちょっと行ってみたいかも」
「本当ですか? じゃあ予定が合えば一緒に行きましょう!」
「いいの? ありがとう!」
やった!
なんか自然な流れでかおりちゃんとの新婚旅行がセッティングされたよ!
やっぱり私たちもう結婚してたんだね!
あまりの喜びに、私は青空目がけてガッツポーズをした。
「ところでお姉ちゃんはどうしてここに?」
「え? ああ、それはね……」
私は天国に行きそうだった心を現実へと連れ戻し、少し前の甘味処での出来事をかおりちゃんに語った。
きっと私のお嫁さんであるかおりちゃんなら、今の心情を理解してくれる、そう思っていた。
しかし、話を進めていくとだんだんその表情が微妙なものへと変化していき、最後の方は苦笑いだった。
え、どうして?
「あの、お姉ちゃん。はっきり言いますけど、なんで落ち込んでいるのかさっぱりわかりません」
「ぐさあああああ!!」
「その三人がお友達なら、別にお姉ちゃん抜きで会っててもおかしくないと思います」
「で、でも、私には用事があるとしか……」
「遊ぶのだって用事じゃないですか。誰と遊ぶのか聞いたら普通に教えてくれたかもしれませんよ? まあ、教えなくてもおかしくはないと思いますけどね」
「へぎゃあああああ!!」
うわ~ん、なんだかかおりちゃんが冷たいよ~。
いつものかおりたんじゃな~い!
「お姉ちゃんは独占欲が強いんですね」
「う、そうなのかな」
「そうです。そんなんじゃみんなに嫌われちゃいますよ?」
「そんなの嫌だ~」
「でもお姉ちゃん」
「うん?」
「私は……、お姉ちゃんになら独占されてもいいですよ」
「ぴえ!?」
ちょっと変な声出ちゃった。
え、独占しちゃっていいの?
もはやそれって、私のお嫁さんってことじゃない?
いや、お嫁さんでもそこまで独占しちゃダメだと思うし、これはもうなにかを越えた存在じゃないかな?
ああもう、私、マイスイートハニーラブリーエンジェルかおりたんと結婚しちゃう!
理性が雲を突き抜け宇宙までぶっ飛んでいった私は、その体を抱きしめ唇を奪うために飛びかかろうとする。
しかし、その寸前でかおりちゃんはニコッと笑ってちょこんと舌をだした。
「なんてね、冗談です」
「か、かおりちゃん。だ、だよね~」
あっぶねぇえええええ!!
あと少し行動が早かったら危うくお縄につくところだった。
「どうですか? 少しは私にドキドキしてくれましたか」
「う、うん、めちゃくちゃドキドキしたよ……」
別の意味でもね。
まったくもう、心が弱ってるときに魅力的な罠を仕掛けないで欲しいよ。
私はバクバクしている心臓をおとなしくさせようと目を閉じて息を吐く。
その時、不意に私の手が小さくて温かいものに包まれる。
目を開くと、私の右手はかおりちゃんの両手できゅっと握られていた。
なにやらさっきまでとは違う、頬を染めた顔で私を見上げるかおりちゃん。
「あのねお姉ちゃん。私頑張って大きくなって、体も丈夫にして、お姉ちゃんみたいな立派な女子高生になるから」
「かおりちゃん?」
「だからね、私がそうなった時、お姉ちゃんに特別な人がいなかったら、その時は……」
そこでいったん言葉を区切り、深呼吸をする。
そして。
「私だけの特別な人になってください」
……ダメだ。
これはダメだ。
一度落ち着かせたはずの心臓が再び暴れ出している。
言葉が出てこない。
なにか言わないと……。
私が何も言えずに固まっていると、かおりちゃんはさっと手を放して私から距離をとる。
そして手を振りながら少し大きな声を出した。
「じゃあねお姉ちゃん、予約はしたから! 嫌だったらそれまでに恋人でも作ってくださいね! 私、負けないですから!」
かおりちゃんはそう言って走り去っていった。
……ああ、そんなに走って大丈夫なのかな?
大きくなったら。
丈夫な体になったら。
そっか。
きっとなれるよ、かおりちゃんなら。
でもそうだなぁ。
私は今のちっちゃいままのかおりちゃんがいいなぁ。
今はまだ友達が少ないだけで、これからもっといろんな人と出会っていくんだ。
そんな中で私がずっと一番になれるはずなんてないよ。
私に恋人がいなかったとしても、その時にはかおりちゃんに大切な人がいると思うよ。
そんなことを思いながら、さっきまでかおりちゃんが握っていた右手を頬に当てる。
「うわ~、私めちゃくちゃ顔が熱い……。いったいどんな顔してるんだろ……」
恐ろしくて確認なんかできないよ。
でもまあ。
すっごい幸せそうな顔、してるんじゃないかな。
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