第88話 名前で呼んでるのは私だけ

 私と彩香ちゃん、そして愛花ちゃんと小路ちゃんの四人で、お馴染みとなってきたあの甘味処に来ていた。

 愛花ちゃんがさっと席に座ると、これまた彩香ちゃんがさっとその隣を陣取る。

 うん、微笑ましい妹愛だ。


 ということで私は対面の奥に座ると、当然ながら私の隣は小路ちゃんになる。

 これは仲良くなるチャンス!

 なんて思いながら小路ちゃんの方を見ると、なぜか私の方がじ~っと見上げられていた。


 なんだこれ。

 そんなにじっと見つめられると、その綺麗な瞳に吸い込まれそうになっちゃうよ。

 そっと頬に手を添えて、そして私の唇が目の前の少女の唇に少しずつ近づいていく。


「……こら、何しようとしてるの」

「はっ」


 半分意識を持っていかれていた私だったけど、その前に彩香ちゃんがしゅっとメニューを差し込んできてくれたおかげで正気に戻った。

 危ない危ない。


「あなた、本当に一人で小学生と会って大丈夫なの? いつか取り返しのつかないことをしでかしそうだわ」

「やだなぁ、いつもはもっと気を付けてるよ~。今日は彩香ちゃんがいるから安心しちゃっただけ♪」


「だけ♪ じゃないの! 本当にもう……」

「あはは~」


 いや~、危ない危ない。

 小路ちゃんは私の目指すべき大和撫子そのものだからね。

 ついつい惹かれちゃうんだよね~。


「なずなちゃん、いらっしゃいませ」

「あ、どうも」


「また新しい子連れてきたんだね。まあ小学生じゃないからまだいいけど」

「いや~はっはっは。こちらは彩香ちゃんと言って、私の親友です」


 私はあまみさんと初対面である彩香ちゃんを紹介する。

 手で指し示すと、彩香ちゃんがいつものように真面目な挨拶をした。


「富山彩香です」

「小倉あまみです、これからもこのお店ともどもよろしくお願いしますね」


「はい」

「……ところで彩香さん」


「なんでしょう?」

「あなた、クラス委員長とかやってるでしょう」


「え、なんでわかったんですか?」

「そういうオーラが出ているわ。きっと委員長をやってなくても委員長って呼ばれるタイプね」


「そ、そう……なんですか?」

「委員長さんって呼ばせてもらいますね」


「はあ」


 あまみさんの言葉に微妙な表情をする彩香ちゃんだった。


「あ、ちなみに彩香ちゃんは愛花ちゃんのお姉さんですよ」


 私が補足をすると、あまみさんの目がキランと光る。

 まるでこどもがおもちゃを見つけた時みたいな顔だった。


「じゃあじゃあ、お姉ちゃんって呼んだ方がいいのかな!?」

「いやいやいや、それじゃあ変な勘違いをされそうなんでやめてください」


「じゃあやっぱり委員長さんですね」

「ああ、はい、それでいいです……」


「彩香ちゃんの方がよかったかな?」

「え?」


 急に名前を呼ばれて目を丸くする彩香ちゃん。

 それを見て何かのセンサーが反応し、私はふたりの間に割って入る。


「ダメダメダメ!! 彩香ちゃんって呼んでいいのは私だけなんだから!」

「いやいや、別にそんな決まりないけど……」


「でも、彩香ちゃんを名前で呼んでるの、私くらいじゃない?」

「そんなわけ……、あれ? そういえば確かに、名前で呼んでるの、白河さん以外だとお母さんたちくらいかも……」


「でしょ?」

「そっか、だから私、白河さんには……」


「うん? 私にはどうしたの?」

「いえ、なんでもないわ。それより、だったら私も白河さんのこと名前で呼んだ方がいいかしら」


「バッチコーイだよ」

「えっと、じゃあ……、な、なずな……さん」


「おおおお~!!」


 よくわからないけど、なんか感動した。

 なんだか、難攻不落のツンデレキャラを落とした時くらいの感動だ。


「なんか照れるわね」

「あ~、彩香ちゃん、顔真っ赤だよ?」


「ちょっ、やめなさい、指でツンツンしないで」

「だってかわいいからさ」


「私なんてかわいくないから……」

「彩香ちゃんはかわいいよ」


「もう……」


 完全にふたりの世界に入っていると、また前みたいに「コホン」と咳払いが聞こえる。

 またやっちゃった。

 というかもう気にしてないけどね。


「他のお客さんもいるんだから、イチャイチャするのもほどほどにね」

「は~い」

「ちょっ、別にイチャイチャなんか……」


 彩香ちゃんが何かごにょごにょ言ってるけど、最後の方はよく聞こえなかった。

 と、その時、ふと小路ちゃんの方を見ると、じ~っと何かを見つめていた。

 不思議に思って視線をたどっていくと、その先で見えたものに私は固まってしまう。


 なんとそこには、用事があると言っていた柑奈ちゃんと珊瑚ちゃん、そして茜ちゃんまでもが揃っていたのだ。


「ななな、なんであの3人が……」


 私の震えた声を聞いて、彩香ちゃんたちも視線の先を覗き込む。


「あら、あの3人、用事ってこれだったのね。珍しい組み合わせだけど」


 いたって冷静な彩香ちゃんに対し、私の心はもうダメダメだった。


「はい、おわった~」

「ど、どうしたのいきなり……」


 私はテーブルに突っ伏して現実逃避することにしました。

 もうしばらく起こさないでください。

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