第66話 猫の名前と小路ちゃん

 あやうく私の唇が奪われるところだった事件を乗り越え、冷静になった私たちはベンチに座ってコンビニコーヒーを飲んでいた。


「まあ、今日はこの辺にしておいてあげるわ。今度はもっと過激なものをお願いね」

「私、彩香ちゃんが怖くなってきちゃったよ……」


 一番常識人だと思ってたんだけどなぁ。

 もう私たちの中に普通の女子高生はいないのか。


 茜ちゃんも怪しいし、智恵ちゃんもあれだし。

 意外と私が一番まともだったりして……。


 そんなわけないか。

 さすがにそれを言ったらみんなに失礼だ。


 私はおしとやかな女子高生を目指してるけど、いまはまだ理想からはかけ離れている。

 だからこそ、私にはまだまだ成長余地があるのだ。


「それより女の子の撮影どうするの?」

「私はもう満足よ」

「そりゃ彩香ちゃんはね……」


 私たちはまだ何も撮ってないんだけど……。


「私、今日はもう疲れました」

「だよね~」


 珊瑚ちゃんも私もさっきの事件で非常に疲れている。

 もはや今から別の公園とか、ちょっとキツイ。

 時間的にも、もう良い子は家に帰っていく頃だろう。


 今日はもう解散かな。

 なんて思っていた時、彩香ちゃんが「ひゃっ」と小さな悲鳴を漏らした。

 反射で顔をむけると、なぜか彩香ちゃんの膝の上に猫がいた。


「猫だ」

「猫さんですね」


 その猫は彩香ちゃんの膝の上に待機し、私と珊瑚ちゃんの顔を交互に見ていた。

 正直、超かわいい。


 あまりのかわいさに、私は目にも留まらぬ速さで写真を撮る。

 その写真を確認しながら、女子高生のスカートと猫の組み合わせって萌えるなぁなんて思った。


「ちょっと、勝手に撮らないで欲しいんだけど」

「彩香ちゃん、どの口が言うのかな?」


 さっき私たちの動画を撮ってた人がよく言うよね。


「猫さ~ん」


 珊瑚ちゃんが甘~い声を発しながら、私の隣から猫にむかって手を伸ばしていく。

 猫は少しだけ逃げるように彩香ちゃんにむかって抱きついた。


 その瞬間、彩香ちゃんの胸がぽよんと揺れて私は大満足。

 ナイス猫さん。


「委員長はずいぶん懐かれてますね」

「何でかしら」


「きっと委員長の人柄の良さを見抜いたに違いありませんわ」

「え、あ、ありがとう……」


 いきなり直球で褒められた彩香ちゃんは照れて赤くなっていた。

 珊瑚ちゃんが彩香ちゃんを素直にほめるなんて珍しい。

 これは何かあるな。


 まさかさっきの動画を回収しようなんて企んでるんじゃ……。

 成功したら私にもくださいませ。


 その後ものんびりとコーヒーを飲んでまったりとした時間を過ごす。

 猫はずっと彩香ちゃんの膝の上に滞在していた。


 ところが突然立ちあがると、ぴょんと飛び降りて走っていく。

 その姿を目で追っていると、ひとりの女の子が目に入った。

 猫はその女の子に抱き上げられ、腕の中に納まる。


 その女の子に私は見覚えがあった。

 むこうも私のことを覚えていたらしく、目が合った瞬間に軽くお辞儀をしてからこちらにむかって歩いてくる。


「こんにちは。えっと小路ちゃんだったよね?」

「はい。お姉さんはなずなさんですね」


「うん、覚えててくれたんだ」

「はい」


 相変わらず無表情ではあるけど、嫌がられてはいないみたいかな?


「白河さんのお知り合い?」


 隣から彩香ちゃんが声をかけてくる。


「うん、ひまわりちゃんのお友達なんだ」

「あら、そうなの」


 私の小学生友達ネットワークもなかなかの広がりを持ってきたものだ。

 友達の友達をどんどん引き込んでいきたい。


 それより、珊瑚ちゃんの「知ってましたよ」みたいな表情が気になる。

 すでに調査済みだったかな。

 怖い怖い……。


「その子はあなたの家で飼ってるの?」

「はい、ひまわりちゃんです」

「え!?」


 さっきまで懐いてた猫なだけに気になるのか、彩香ちゃんが猫について小路ちゃんに尋ねる。

 しかし返ってきた答えの意味がよくわからなくて驚きの声を出してしまう。

 なんでひまわりちゃんの名前がここで出てくるのかな。


「ひまわりちゃんがどうしたの?」

「この子の名前です」


 うん、やっぱりか。

 ちょっと理解したくはなかったけど、そういうことらしい。

 しかし、まだ希望はある。


 最後の望みを託して私はこの質問をぶつける。


「ひまわりちゃんと同じ名前なんて偶然だね~?」


 私のこの言葉に、小路ちゃんは不思議そうに首を傾げて、当たり前のように答えた。


「いえ、ひまわりちゃんと同じ名前にしたんですよ?」

「そ、そっか~」


 終わった。

 終わった。


 さすがに私だけでなく、彩香ちゃんも、そして珊瑚ちゃんまでも固まる。

 恐らく背中が冷たくなったのは私だけではないはずだ。


 今時の小学生は親友の名前をペットにつけるのか~、そうかそうか~。

 時代も変わったんだね~。

 ということにして、私は心を穏やかにする努力をした。


「あ、そろそろ私、帰りますね」

「ああ、うん、バイバイ小路ちゃん」

「はい、失礼します」


 小路ちゃんは丁寧にあいさつをし、元来た道を歩いていった。


「……」

「なずなさん……」


「どうしたの珊瑚ちゃん」

「私、あの発想はなかったです」


「だよね~」

「私もペットになずなさんの名前を……」

「張り合わないで……」


 上には上がいたということか。

 本人にそこまで自覚なさそうなところがまた怖い。


 親御さんはどう思っているのだろうか。

 ひまわりちゃんのことを知らないのかな。


「あの子、ゲームの主人公の名前とか、全部ひまわりちゃんなんじゃないかしら」

「なにそれ怖い……」


 といいつつ、実は私、やりかけたことがあります。

 ちょっとビクッとしました。


「あのなずなさん、なんだか寒くなってきたのでそろそろ解散しましょうか」

「そ、そうだね~」


 うん、確かになんだかさっきから寒い。


「それじゃあね。ふたりともまた明日」

「はい、また明日」

「さようなら」


 なんとなく、妙なものを引きづりながらその場で解散となる。

 ひとりで家まで歩きながら、私は小路ちゃんとどうやって仲良くなっていくかをずっと考えていた。

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