第64話 彩香の膝枕
今日の授業も終わり、私は同好会の部室へとむかう。
茜ちゃんは用事があるらしくて、珍しく私はひとりで歩いていた。
部室に入ると、すでに珊瑚ちゃんが本を読みながらのんびりしている。
とてもさっきまで同じように授業を受けていたとは思えない様子だ。
……まさかさぼってないよね?
珊瑚ちゃんがそんなことするわけないとは思うけど。
私が入り口のところでそのまま立っていると、しばらくして後ろから誰かが入ってきて軽くぶつかってしまう。
なにかのやわらかい感触と花のような香りで少し幸せな気分になった。
ぶつかってしまったのは、我らが委員長、富山彩香ちゃんだ。
「あ、ごめんなさい、そんなところにいると思わなくて」
「ううん、こんなところにいた私の方が悪いんだから謝らないで」
「なんでそんなところに立っていたの?」
「いや~、珊瑚ちゃんは絵になるな~って思って眺めてた」
「そう。まあわからなくもないけど」
「え、彩香ちゃんも珊瑚ちゃんのこと……」
「なんでそうなるのよ! 浜ノ宮さんがきれいなのは事実でしょ」
「なんだぁ、びっくりしたよ」
そんなやり取りをしていると、テーブルの方から食器のような音が聞こえてきて振りむく。
「おふたりとも、そんなところに立ってないで座ってはどうですか?」
「ありがとう珊瑚ちゃん」
「ありがとう」
テーブルには珊瑚ちゃんの入れてくれたコーヒーがいい香りをさせている。
誘われるように私たちは椅子に座って一口頂く。
「は~、このまま眠ってしまいそうだね~」
「コーヒーを飲んでるのに?」
「カフェインって私には効かない気がするんだよね。それより珊瑚ちゃんの癒し効果の方がはっきりわかっちゃうよね」
「まあ、わかる気はするけど」
「え、彩香ちゃんも珊瑚ちゃんのこと……」
「なんでよ! ……またこのやり取りするの?」
そう言いながら、彩香ちゃんもコーヒーを飲んでまったりした表情になっている。
のんびりとしたやさしい時間。
なんだか私たちらしくない気もしてくる。
でもたまにはいいよね、こんな時間も。
「そういえば高城さんはどうしたのかしら?」
「ああ、茜ちゃんなら、今日は用事があるんだって」
「ふ~ん、なんかふたりが別々に帰るのって変な感じね」
「そうかなぁ、別にずっと一緒にいるわけじゃないよ」
「それはそうなんだけど、なんかしっくりこないっていうか」
「じゃあ、その寂しさを彩香ちゃんが埋めてくれる?」
「へ?」
「うりゃ~!」
私は隣に座っている彩香ちゃんの膝の上に頭を乗せる。
膝枕状態だ。
「ちょっと! 恥ずかしいからやめて!」
「あ、嫌だった?」
「いや、別に嫌じゃないけど……」
「じゃあいいよね~」
「うう……、なにこの状況……」
うへへ、彩香ちゃんの膝枕やわらか~い。
それにやっぱりいいにおいがするよ~。
「あらあら、委員長ったら顔が赤くなってますよ?」
「なってません!」
「うふふ」
「……? なんか変ね。今までの浜ノ宮さんならちょっとくらい嫉妬してそうなものだけど」
「うふふ、もうそんなこどもみたいなことはしませんよ。だって……」
「だって?」
「私となずなさんは、特別な絆で結ばれていますから!」
「と、特別な絆!?」
珊瑚ちゃんの言葉に彩香ちゃんが急に立ち上がってしまう。
振り落とされそうになった私は、おしとやかな女子高生にふさわしくない筋力を発揮して、強引に体勢を立て直す。
とても見せられない顔をしてしまった気がする……。
「あ、あぶないよ彩香ちゃん」
「そんなことより特別な絆って何!?」
ようやく起き上がり、椅子に座り直した私にぐいっと顔を寄せてくる彩香ちゃん。
もう少しでキスできちゃうくらいの距離だった。
私が不意打ちにひるんでいると、珊瑚ちゃんが代わりに彩香ちゃんの問いに答え始める。
「私はなずなさんに大好きな人って言ってもらいました。私はなずなさんに愛の証を送りました。そんな関係です」
それを聞いた彩香ちゃんは一気に熱が冷めたように落ち着いていった。
多分珊瑚ちゃんの言っていることから、実際に起きたことをある程度予想してくれたんだろう。
さすが彩香ちゃん、みんなのことをよく理解してくれている。
「……愛の証とは」
あ、そこはツッコむんだ。
「これです」
「……は?」
なんで持ち歩いてるんだ珊瑚ちゃん!
取り出されたのは私が再現されたハイクオリティフィギュアだった。
「これの私バージョンをなずなさんにプレゼントしました」
「へ、へぇ……」
彩香ちゃんは白い目を私にむけてくる。
その目は「よく受け取ったわね?」と言っている気がした。
「うふふ、心配しなくても委員長のフィギュアもちゃんと作りますから」
「いらんわ!」
そりゃ、自分の再現されたフィギュアを自分ではいらないよね。
しかも恐ろしいのは、知らない間に精密に作成されているところだ。
「うふふ、さて、気分も上がってきたところで、写真でも撮りに行きましょうか」
「そうだね」
私と珊瑚ちゃんは心の準備運動を済ませて立ちあがる。
「何の写真かは聞かないでおくわね」
やれやれといった様子で彩香ちゃんも椅子から腰をあげる。
「そう言いながら委員長の手には、この日のために用意したちょっとお高いスマホが握られていたのだった」
「変なナレーションを入れないの!」
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