第63話 紅葉さんと制服デート④
私が気持ちをモヤモヤさせながら紅葉さんに頭をなでられていると、紅葉さんは静かに昔のことを話し始めた。
「私ね、実は先輩のこと好きだったんですよ~」
「うっ、やっぱりそれは恋愛感情ってことですよね?」
「はい」
そうだよね~、やっぱりそうなるよね。
まあ、わかってたんだけどね。
ただまあ、聞かなければ、ただの先輩として好きだったっていう可能性を残しておけたからさ。
私も母親に嫉妬するなんておかしなことになったもんだ。
マイエンジェルひまわりちゃんのママさんが、私のお母さんを昔好きだったことに嫉妬。
いったいどういう関係図だって感じだよね。
そんな複雑な気持ちの中、紅葉さんは話を続ける。
「いや~、高校生の頃は私も本気で先輩とのこどもとか妄想してましたからね~」
「え……、結構ヤバい人だったんですね」
「あ~、ひどいこと言いますね~」
「いえ、そんなつもりじゃなかったんですけど」
「まああの頃の私は夢見がちな乙女だったので。若かったですね~」
「今も若いですけどね」
「も~も~! そういうところはやっぱり先輩に似てますね~。先輩もめちゃくちゃモテてましたからね」
「そうなんですか?」
なんかわかる気はするけど、想像するのは難しいなぁ。
「先輩ってそれはもう無自覚で人をたらし込みまくってましたからね。それでいて自分は誰のことも好きにならないっていう」
「わ~……」
「結局先輩は私のこと好きにはなってくれませんでした。あ、恋愛対象としてって意味ですよ? せっかく同じ同好会にまで入ったのに……」
「なんかお母さんがすいません」
「いえ、いいんですよ。私が勝手に好きになっただけですから。……所詮私は先輩にとってモブ女だったわけですよ」
「も、紅葉さ~ん!!」
紅葉さんの目から急に光が消えたので、必死に肩を揺すって現実に引き戻す。
「あん、なずなちゃんたら強引なんだから♪」
「いやいやいや」
「あ、ところで話は変わりますけど、実は私、なずなちゃんのこと、生まれた時から知ってるんですよ?」
「ええ!?」
「まだあの頃は先輩とも交流があって、もうすぐ生まれるって聞いて病院まで駆けつけてたんです」
「そうだったんですか」
「覚えてないと思いますけど、ちっちゃいころのなずなちゃんは私にもすごく懐いてくれて、すっごくかわいかったなぁ……。あ、今もかわいいですけどね!」
「あ、ありがとうございます」
なんかそう聞かされると、紅葉さんがもう一人のお母さんみたいに思えてきてしまう。
もしかして私がやたら紅葉さんに惹かれていたのは、小さいころのことがあったからなのかな?
幼いながらに私は紅葉さんのことが大好きだったんだろう。
それを頭のどこかで覚えていて、あんな風に感じていたのかもしれない。
「なずなちゃんは私のこと好きですよね?」
「ふぇっ!? なんですか突然……。まあその、好き……ですよ」
「ふふふ、なずなちゃんはかわいいですね。わかってますよ、たくさんいる好きな人のひとりだっていうことくらいは」
「あ、いや、そんな……」
紅葉さんは特別ですよ、って言おうとしたけど、ひまわりちゃんたちの顔が浮かんできて口をつぐむ。
確かに特別ではあるけど、それはひとりじゃない。
紅葉さんの言う通り、たくさんいる好きな人のひとりになってしまう。
ダメだなぁ私。
ちょっと自己嫌悪しながら遠い目をして海の方を見ると、その視線の先に紅葉さんがひょいっと移動した。
「ねえ、なずなちゃん。今はね、先輩よりもなずなちゃんのことが好きなんですよ」
「……へ?」
「私に懐いてくれたなずなちゃんがかわいすぎて、この子は先輩と違って私のことを求めてくれるんだって思ったら胸がときめいて」
「も、紅葉さん?」
「我慢できなくなりそうだった私は、なずなちゃんを傷つけないために先輩たちの前から離れることにしたんです」
「ええ!?」
あれ、でも結局近くに住んでたんだよね?
「でもそれも我慢できなくて、すぐに戻ってきて、直接会わないように気を付けながら、なずなちゃんの成長を見守ることにしたんです」
「うん?」
「はじめてのおつかいの時もばっちり見守っていたし!」
「おや?」
「運動会とかの行事もこっそり忍び込んでビデオ撮影したし!」
「あれ?」
「たまたま撮れちゃったパンチラ画像とかお着替え画像は、今も我が家の家宝として額フチにいれて飾ってあります!」
「アウト~!!」
そういえばうっすら記憶があるぞ?
はじめてのおつかいの時、グラサンマスクの女子高生と思われるお姉さんに助けてもらった気がする。
それに度々視界にそんな感じの人が入り込んでたような。
ずっと見守ってくれていたんだ……。
初めて紅葉さんと出会ったとき、どこか懐かしい感じがぼんやりとしたんだ。
それはひまわりちゃんのお母さんだからだと思ってたけど、違ったんだね。
「いや~なずなちゃんと偶然会ったときは少し焦っちゃいましたけどね」
「あ、じゃあ、あの時私がお母さんと似てるって言ったのは嘘だったんですね」
「似てるのは本当ですよ? でもあの件があって、ひまわりちゃんのこともあるし、思い切ってお友達になっちゃおうかなって思ったんですよ」
「そうだったんですか」
「でも失敗だったかもしれませんね。やっぱり近くにいたいって思っちゃいますよ」
「……いいんじゃないですか。近くにいたって」
「なずなちゃん……」
「恋人同士になることとか、結婚することだけが愛の形ではないはずです。私たちには私たちの関係があっていいと思います!」
「……すごいね、なずなちゃんは」
紅葉さんは私の隣に戻ってきて座り、そっと私の肩に頭を預けてくる。
「ひまわりちゃんには負けませんから」
「え~、それはちょっと。修羅場はやめてほしいんですけど……」
「ふふふ、冗談ですよ」
ひまわりちゃんに紅葉さん、母娘とも大好きとか、私もなかなかだね。
「夏になったら泳ぎに来ましょうね。みんなと一緒でもいいですから」
「はい、紅葉さんの水着姿、楽しみにしてます」
私が紅葉さんにむける好きが何なのか、それは自分でもよくわからない。
他の女の子にむけているものと同じ好きなのか、それとももうひとりのお母さんのようなつもりで好きなのか。
今でも本当はわかっていない。
でも私にとって大切な人だということは変わらない。
これからもきっといろんなことがあるだろう。
その時はお互いに助け合っていこう。
だって私たちはお互いに特別な存在なのだから。
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