第57話 なずな姫と野球少女たち
「ねえねえ、お姉さんは柑奈ちゃんのお姉ちゃんなんですよね!」
「お姉さん! どうしたらそんなにおっぱいが大きくなるんですか?」
「柑奈ちゃんのお姉ちゃんなのに、なんでひまわりちゃんと遊んでるんですか~?」
後ろむきに倒れていったひまわりちゃんを膝枕しながら介抱していると、一緒に遊んでいたらしい小学生たちが集まってきて囲まれてしまった。
もちろんとても嬉しい。
「うへへへ、ちょっと待ってね~、ゆっくり話すからね~」
とても人懐っこい子たちで、なぜか私の体にべたべたと抱きついてくる。
もちろんとても嬉しい。
ああ……、いいにおいがする……。
両腕に抱きつかれて写真が撮れないけど、生の触れ合いも大事だよね。
このまま温泉に連れて行って、裸のお付き合いとかいいんじゃないでしょうか!
ダメですか?
いいですよね?
珊瑚ちゃ~ん、今から温泉旅行お願いしま~す!
私がそれはもう幸せな天国に旅立っていると、ようやくひまわりちゃんが目を覚ます。
「あれ……、私……、いったい何を……、ってなんじゃこりゃ~!?」
ひまわりちゃんは叫びながら飛び起きて私から少し離れていく。
「あ、おはようひまわりちゃん」
「おはよう、じゃないですよ! ちょっと私が気絶してる間になんでこんなことになってるんですか!」
「いや~、別に私は何もしてないんだけどね」
「なずなさんは何もしなくてもこうなるからダメなんです!」
「え~」
そんなこと言われてもねぇ~。
私はこういうの大歓迎だし。
「ねえねえ、なんでひまわりちゃんはそんなにご機嫌斜めなの?」
「え?」
私の後頭部にふくらみのない胸を押し付けていた素晴らしい少女が、不思議そうに声をかけた。
「お姉さんは別にひまわりちゃんのものじゃないでしょ?」
「それは……まあ、そうだけど……」
「でしょ? 私も前にお姉さんを見た時からいいなぁって思ってたんだ~」
うん? 私、この子とどっかで会ってる?
学校行事の時の子ではないし……。
でも確かにどこかで見たことある気が……。
あ、そうだ、初めてひまわりちゃんと出会ったときに、一緒にキャッチボールしてた野球少女たちだ!
そうかそうか、いろんなところから私の小学生ネットワークが広がっていくね!
どんな人数になっても、私はみんなのこと愛しまくるからね~!
そんな幸せな妄想に半分くらい浸っていたら、後ろにいた子がうにゅっと私のすぐ横に顔を滑り込ませてきた。
そしてまるで懐いた猫のように頬をこすり合わせてくる。
「ふひっ、ふひっ」
私は興奮のあまり、声にならない声をあげてしまう。
やばいやばい、呼吸が苦しいよ~!
「も~、ダメだってば~! しっしっ!」
ひまわりちゃんは今まで見たことないような表情をしながら、私にべったりな少女たちを引き離していく。
そんな虫みたいな扱いしなくても……。
「ガルルルルルル」
そしてひまわりちゃんは狂犬か……。
「ふ~ん、最近のひまわりちゃん、付き合い悪いって思ってたら、このお姉さんと遊んでたってことだね」
「う……、そんなつもりじゃ……」
「まあ、お姫様相手じゃ私たちが敵うわけないか」
「お姫様?」
お姫様って何の話だろう……。
きっと褒められているはずの言葉なのに、なぜか胸騒ぎがする。
これ以上知ってはいけないと、私の中の何かが警告していた。
しかし、そんなことはお構いなく、野球少女は勝手に語りだす。
「私調べたんだけどね、なずなお姉さまはマイスイート・エンジェルズの姫って呼ばれたんだって」
うん?
「練習の時とか、スカートをはいてたりしてね。本人は見せパンのつもりだったのかもしれないけど、それはもうかわいいフリフリのぺチパンで」
あれれ~?
「投球の度にパンチ~ラチラチ~ラで、ここにおわす古橋先生をはじめとするロリコンな大人たちをメロメロにしていたらしいんだよ」
キャ~レ~!
「まあ、ただ残念なことがひとつあって、それは胸が大きかったことなんだ。やっぱりロリコンたちは貧乳にこそ萌えるらしいよ」
ちょっと、散々メロメロしといてなんだそれは!
それと『ここにおわす古橋先生をはじめとする』ってどういうことかな?
「ねえ結依ちゃん、今の話ってどういうこと?」
「え? 普通にファンクラブのことじゃないかしら」
「普通って何!? ファンクラブって何!?」
また私の知らないところでおかしなことになってたのか。
「なずなちゃんってガードが堅いつもりなんだけど、本当に天然でいろいろやらかしてたからね」
「嘘……」
「本当よ? だから私たち大人が見守っていたのよ。その名も『なずな姫を見守り隊』」
あ~、それダメなやつだ。
だいたいそういう名前の集団はよろしくない人たちの集まりであることが多い。
「そのファンクラブの人たちがなずなちゃんのことを姫って呼んでたのね」
「うへ~、恥ずかしい……」
「よくみんなは拝んでたわ。『姫、今日も見事なパンチラをありがとうございました』ってね」
「な、なんですって~!?」
「あ、心配しなくても大丈夫よ。みんな女の人だったし、なずなちゃんを守りたかったのは本当だから」
「そこはいいとしても、あれが恥ずかしい格好だったんなら教えてよ」
「ええ!? そんなことできるはずないじゃない! 私の癒し……、じゃなくて、こっそり活動してたから仕方なかったのよ」
「む~、というか、茜ちゃんだって私の球受けてたんだから見えてたよね?」
私は幼いころからの相棒である茜ちゃんに視線をむける。
目が合った瞬間に、茜ちゃんはさっと視線をそらした。
「いや~、それはまあ、いろいろ複雑なわけがありまして……」
「私の恥ずかしい姿をさらし続けることを正当化できるだけのわけって何!?」
私は少し涙目になりながら、大親友である茜ちゃんの肩をつかんで揺らした。
「う~、やめて~、しょうがなかったんだよ~!」
「何が~!」
「だってなずなのそういうの見たかったんだもん! 私の癒しだったんだもん! そのためにキャッチャーやってたんだもん!」
「え……」
私は大親友の衝撃発言で言葉を失ってしまった。
まさかまさか……。
幼馴染の茜ちゃんがまさか……。
私と同じことをしていたなんて!
「ごめんねなずな、こんな私でごめん……」
「ううん、私が茜ちゃんの癒しになれてたんなら嬉しいよ」
「なずな……」
「そのためにキャッチャーやってたっていうのはどうかと思うけど、私もね茜ちゃんのスパッツ好きだったんだ!」
「え……、なずな、私のことそんな風に見てたの? ……嬉しい」
「茜ちゃん……」
「なずな……」
「茜ちゃん!」
「なずな!」
「「抱きっ」」
なぜか私たちはぎゅっと抱きしめ合う。
そんなおかしな高校生を前に小学生たちは呆然としていた。
「ねえひまわりちゃん、これいいの?」
「よくな~い! なんなのこれ! 意味わかんないよ~!」
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