第58話 ひまわりちゃんの相棒

 せっかく小学校のグラウンドに来ていることだし、ひまわりちゃんや野球少女たちとキャッチボールをすることにした。

 さすがチームに入ってるだけあって、ひまわりちゃん以外の子もかなりいい球を投げる。


 それでもやっぱりひまわりちゃんの球は格段に速い。

 ピッチャーということもあるだろうけど、小学生離れしていると思う。

 こんなかわいい女の子のどこにそんな力が隠されているのか。


「なずなさ~ん、私、あれから結構成長したんですよ! 全力で投げてもいいですか?」

「いいよ~」


 ひまわりちゃんの投球は前にも見せてもらった。

 これだけ離れてたら余裕でキャッチできるでしょう。

 ……なんて私は少し油断していた。


「うりゃ~!」

「げっ」


 ……超速い。

 短期間でこんなに速くなるものなのか。

 やれやれ、小学生は最強だね。


 あの時、果南ちゃんに負けて自信を失っていた女の子とは思えないよ。


「どうですか!」

「いいよ! 最高だよ!」

「やった~!」


 ひまわりちゃんは嬉しそうにその場でぴょんぴょん跳ねている。

 かわいい……、このまま家に連れて帰りたいところだ。


 さっきからチラチラとスカートの下に履いている体操着が見えているのもポイント高い。

 そんな感じでひまわりちゃんのことを眺めていると、急に私のスカートがふわっとめくれあがった。


「!?」


 私は慌ててスカートを押さえにかかると、私の手がなにかやわらかいものとぶつかった。

 それは女の子の手だ。

 後ろを振り返ると、いつの間にか私のお尻あたりに女の子がいた。


「えっと、何をしてるの?」

「今のお姉さんはスカートの下に何履いてるのかなって思いまして」

「それでめくったの?」

「はい」


 はいって……。

 そんな理由でめくらないで欲しいんだけど。

 こういうのは偶然見えるからいいと思うんだよね。


「もおおお!! 何してるの~! がおおおおお!!」

「あはは、ひまわりちゃんもめくる?」


「いいの?」

「いいよ!」

「じゃあめくる!」


 おい、私の意志は?

 なんで君たちの間で決めちゃうのかな?

 めくられたらめくり返すからね!


 それでもいいならやってごらんなさい。

 ぐふふふ。


「あ、なずなさんから妙な気配を感じる……。やっぱやめとこ……」

「え~」


 ちぇ~。

 ひまわりちゃんも私のことどんどんわかってきちゃってるね。

 まあ正面突破ができないならこっそりやるだけだよ!


 ぐふふふ。

 なんて私がよからぬことを考えていると、少し離れたところにいる女の子がじ~っと私のことを見ているのに気付いた。


 すごい見られてる……。

 あまり好意的じゃない視線な気がするなぁ。


「ひまわりちゃん、あの子は?」

「え? ああ、あの子は小路ちゃんって言って、私とバッテリーを組んでいるんです」

「へぇ、あの子がひまわりちゃんの相棒ってわけだね」


 私たちがその子のことを見ながら話していると、自分の話だと気付いたのか突然こちらにむかって歩いて来た。

 その動きは特に変わったところはないのに、どこからかお上品な印象を受ける。

 育ちがいいのかもしれない。


「なにか御用ですか」

「え、いや、あなたがどんな子なのかひまわりちゃんに聞いてただけだよ」

「そうですか、では失礼します……」


 それだけ言うと、また少し離れたところに戻っていった。

 なんかすごい大人っぽいというか、渋いというか。

 家に帰ったら着物で過ごしてそうな雰囲気だ。


 見た目はかわいらしいので、しゃべり方や行動とのギャップがある。

 ちょっと触れ合い方がむずかしいかもしれないなぁ。


 でもひまわりちゃんのお友達は私にとって妹のようなもの。

 早く仲良くなりたいものだね。


「ねえひまわりちゃん、あの子と私は仲良くできるかな?」

「え? 大丈夫じゃないですか? 確かにおとなしい子ですけど、人が近づくのを嫌がるような子じゃないですし」


「そっか、ならそのうち仲良くなれるよね」

「はい。あ、そうだ、なずなさんの球をあの子に受けてもらったらいいんじゃないですか?」

「お~、なるほど」


 確かにピッチャーとキャッチャーっていう、ばっちりな関係が私たちにはあるね。

 そんなことを思っていると、急に茜ちゃんが話に割り込んでくる。


「でも、手加減はしておかないと、今のなずなの球を小学生が受けるのは危ないと思うよ?」

「大丈夫ですよ、小路ちゃんは優秀ですから」

「なずなの球を受けるのは私って決まってるんだから、他のキャッチャーは受けたらダメなの!」


 あ、茜ちゃん……。

 小学生相手にそんな全力で張り合わなくても……。

 心配しなくても私が信頼して任せられるのは茜ちゃんだけだと思うよ。


 そんな茜ちゃんに、ひまわりちゃんは指差ししながら言った。


「茜さんは私の球でも受けてればいいんです!」

「言ったね、それじゃあ小学生の頃のなずなと比べてあげようじゃない」


 お~い、ふたりともなんでそんな話になってるの~?


「小路ちゃ~ん、ちょっと来て~」


 そして話が勝手に進み、ひまわりちゃんが小路ちゃんを手招きする。

 その小路ちゃんは、呼ばれたからと言って急いだりもせず、どこか雅やかな雰囲気をまといながらこちらに歩いてきた。


 なんか大和撫子っぽい。

 これは私の目指すべきところなんじゃないかな。


「どうしたの?」

「このお姉さんが小路ちゃんと仲良くなりたいんだって、だからボールを受けてあげて」


「ちょっと意味がわからない……。でもひまわりちゃんのお願いならいいよ」

「ありがとう~」


 話が終わると、小路ちゃんはそのまま離れていって、ある地点で止まりこっちをむいてグローブを構えた。

 さすがに小学生相手に全力投球するわけにもいかない気がするんだけどなぁ……。


 ちょっと迷っていると、少し離れたところでひまわりちゃんと茜ちゃんのキャッチボールが始まった。


「うりゃ~!!」


 ひまわりちゃん渾身のストレートが茜ちゃんのミットに吸い込まれていく。


「いいよいいよ~! 次、スライダーいってみようか!」

「投げられませんよ~!」


 む~、ひまわりちゃんと茜ちゃん、イチャついちゃって、もう!

 私はそんなふたりに気を取られていて、ふと小路ちゃんの方に視線を戻すと、じ~っと眠そうな目でこっちを見ていた。


 いけないいけない。

 今の私は小路ちゃんとキャッチボールをしているんだから。

 目の前の相手に集中しないと。


「いくよ~!」


 まずは少し力を抜いて一球投げてみる。

 それでも結構スピードの乗った球を、小路ちゃんは表情一つ変えず簡単にキャッチした。

 さすがひまわりちゃんの相手をしているだけあって、速い球には慣れているんだろうな。


 そして小路ちゃんからの返球もなかなかにするどい球だった。

 最近の子たちはみんなこんなレベル高いのかな?

 それとも私のまわりが異常にうまいとか?


 よし、今度はもっと思いっきり投げてみよう。

 しっかりと体重を乗せて、ほぼ全力に近い球を投げる。

 自分で思っていたよりも鋭いボールが小路ちゃんにむかって飛んでいく。


 それすらもあっさりと捕球し、その間表情の変化もなかった。

 なんでか、全然タイプが違うはずなのに、茜ちゃんにむかって投げている時みたいな感覚がする。


 私の球を受けた小路ちゃんは、なぜだかグローブにおさまったボールをじっと見ていた。

 あれ、もしかして痛かったとかかな……。


 ちょっと心配していると、私のまわりに他の小学生たちが集まってくる。


「お姉さんすご~い!」

「速~い!」

「おっぱい大き~い!」


 なんか変な子もいるけど、私は野球少女達に囲まれて徐々にテンションが上がっていく。

 みんなかわいいじゃない!

 うひょ~!


「みんなありがと~」


 私は集まった少女たちの頭をなでなでし、みんなを抱きしめながら、さりげなくお尻を触ってみたりした。

 うんうん、何人も相手にするときはこういうのがやりやすくていいよね!

 特に私が囲まれている時なんかはさ。


「ふふん! 私のなずなさんはすごいでしょ!」

「ちょっといつからひまわりちゃんのものになったの!」


 遅れてひまわりちゃんと茜ちゃんまでこっちに集まってくる。

 ひまわりちゃんは自慢げに小さな胸を張っていてかわいかった。

 このまま連れて帰りたいくらいだ。


 私が少女達に囲まれてにやけていると、不意に少し離れたところにいた小路ちゃんと目が合う。

 あいかわらず無表情で眠そうにも見える目でこちらをじーっと見ていた。


 みんなから少し距離をとっているようにも見える。

 何か思うところがあるのだろうか。


 ……よし。

 私は必ず小路ちゃんとも仲良くなってみせる!


 そして絶対に笑顔にして、その写真を撮ってやるんだ!

 頑張れ私!

 お~!

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