第54話 珊瑚と海

 日曜日の朝9時。

 私は駅前にあるショッピングモールの階段のところにいた。

 なんでこんなところにいるのかというと、朝早くに珊瑚ちゃんから連絡が来て一緒に遊ぶ約束をしたからだ。


 こんな風に珊瑚ちゃんから誘われるのって珍しい。

 というか初めてじゃないかな?

 それにしても少し時間が過ぎている。


 場所ここじゃないのかな?

 それとも珊瑚ちゃん、迷ってるんじゃ……。

 なんだか心配になってきたよ。


「なずなさ~ん!」

「あ、珊瑚ちゃん!」


 よかったよかった、ただ遅れただけだったか。

 珊瑚ちゃんは息を切らせながら私の前まで駆け寄ってくる。

 そんなに慌てなくてもいいのに。


「すみません、お待たせしてしまいましたよね?」

「ううん、今来たところだから」


 あ、今のやり取り、なんだか恋人っぽくなかった?

 なんかドキドキしてきちゃったよ!


 本当はちょっと楽しみ過ぎて30分前には来てたんだけどね。

 でもそんなこと、珊瑚ちゃんがかわいすぎてどうでもいいや。


「それじゃあ行きましょうか」

「ひゃいっ」


 珊瑚ちゃんがいきなり腕を組んでくるから変な声出しちゃったよ。

 ああ、なんてふわふわなんだ……。

 本当に同じ人間なのかな?


 もうお砂糖とお砂糖とお砂糖でできてるんじゃないの?

 やわらかいし、甘い香りまでする。


 耐えるんだぞ私。

 変なことするんじゃないぞ!


「それで珊瑚ちゃん、これからどうする? なんか予定とか決めてるの?」

「海へ行きましょう!」

「う……み?」


 え?

 海?


「まだ泳ぐには早いと思うけど? 水着も持ってきてないし」

「別に海は泳ぐだけの場所じゃないですよ」

「まあ、そうだけど」


 そっか、海か。

 だから駅前で待ち合わせしたのか。

 でも珊瑚ちゃんだったら車で連れて行ってもらえそうなものだけどね。


「さあ、電車へレッツゴーですよ!」

「ああっ、引っ張らないで~」


 私は珊瑚ちゃんに手を引かれながら、駅の方へむかっていく。

 その途中、いろんな人の視線がこっちにむいていたのが恥ずかしかった。

 珊瑚ちゃんはお嬢様オーラ全開だから目立つんだよね。




 電車の中は空いていて、私たちは余裕で座りながら海までの時間を過ごしている。


 ちなみに珊瑚ちゃんが切符を買わずに改札を抜けようとしたので、これはまさかマンガみたいなことになるのでは!? と、焦った私だったけど、ちゃんとスマホをかざして通過。


 珊瑚ちゃんに気を取られ過ぎた私の方が危うく引っかかるところだった。

 交通系の電子マネーを持ってるなんて、お嬢様でも普段から電車を使うのだろうか。

 それとも普段の買い物に使ってたのかな?


 どっちにしてもそんな空想上のお嬢様みたいな存在ではないみたいで安心した。

 まあ珊瑚ちゃんがけっこうぶっ飛んでることに変わりはないけど。


 電車で1時間ほど揺られていると、ついに窓から海が見えるようになる。

 ここからしばらくは海沿いを走るので、少しずつテンションが上がってきた。


「なずなさん、海ですよ、海!」

「うん、そうだね!」


 珊瑚ちゃんも窓の方に近づいて、そこから見える海に気分が高まってきたみたいだ。

 泳ぐわけではないけど、すごく楽しみだ。


 これで珊瑚ちゃんの水着姿を拝めれば最高だと思う。

 でもでも、そんなものを見たら私は鼻血を噴き出して貧血になってしまうかもしれない。


 今のうちに水着姿を妄想して耐性をつけておかねば。

 私は珊瑚ちゃんが海を眺めているうちに、ぼんやりとその姿を水着姿へと変換する。


 うおおおお!!

 頑張れ!

 私の想像力よ!


 くわああああああ!!

 おっとイケナイ、行き過ぎた。


「あの、どうしたのですか? なにか視線が突き刺さるのですけど……」

「あ、ううん、気にしないで。ちょっと目の訓練をしてただけだから」

「そう……ですか?」


 珊瑚ちゃんは不思議そうに首を傾げていた。

 それはまあ、突然友達が目の訓練なんかし始めたら何事ってなるよね。




 それからしばらくして、私たちは目的の駅へと到着した。

 駅から出ると、目の前にはすでに海が広がっている。

 最高に気持ちがいい景色だった。


 この辺りは夏になると、それはもう大勢の人がうじゃうじゃいるような海水浴場だ。

 まだ泳ぐような時期ではないけど、それでも遊びに来ている人はそこそこいる。

 私たちもそうだしね。


 なぜか私たちは手を繋ぎながら砂浜へむかって歩いている。

 まるで恋人のようだけど、周りからはどんなふうに見えるのだろうか。

 仲のいい友達ってこんなことするのかな?


 そしてちょうど砂浜に入ろうかというところで、なぜか黒い服の人たちがとなりに並んできた。


「お嬢様、サンダルをどうぞ」

「ありがとうございます」


 珊瑚ちゃんはまったく気にした様子もなく、靴と靴下を脱いでサンダルへと履き替える。

 ……なんでいるの、この人たち。


 電車にはいなかったと思うし、なんかそれっぽいどこかで見たことある車も置いてあるし、先回りしてたよね?


「なずな様もどうぞ」

「え、あ、なんかすみません……」

「いえ、お気になさらず」


 わ~、やさしい~。

 なんかふたりきりじゃなくなってるけど、まあいいか。

 一応気を遣ってくれているのか、靴を履き替えた後、黒服の方たちは車の方へ戻っていった。


 私の靴は見事に回収され、返してもらわないと帰れない状態になった。

 これは逃げられないようにされたのだろうか。

 何が起きるというのか、この後。


 考えすぎかな。

 でも珊瑚ちゃんだしなぁ。

 何かあっても不思議ではない。


 とはいえ、これで砂も気にせず、海にも足をつけることができるようになった。


「なずなさん、行きましょう!」

「わわっ」


 珊瑚ちゃんはいきなり私の手を引いて駆け出す。

 一瞬足がもつれてこけそうになったけど、そこは持ち前の運動神経で立て直した。

 しかし、今度は珊瑚ちゃんが足をとられて転倒しそうになる。


「きゃっ」

「おっと」


 私はとっさに珊瑚ちゃんを抱き寄せ、なんとか支えることに成功した。


「大丈夫だった? 気をつけないとせっかくのかわいい服が台無しになるよ?」

「あ、あう……、ありがとうございます……」

「あれ? どうかした? どこかひねった?」


 なんだか様子のおかしい珊瑚ちゃんに私は心配になって顔を寄せる。


「ち、近いです……」

「あ、ごめんね」


 珊瑚ちゃんに言われて気付いた時には、確かにかなりお互いの顔が近くにあった。

 なんてきれいでかわいいんだろう。

 私は顔を離すのを忘れて見惚れてしまった。


 すると珊瑚ちゃんが突然目を閉じて、少し体が震え出す。

 なんだこれは。


「珊瑚ちゃん?」

「うう……」


「目に砂でも入った?」

「……は?」


 珊瑚ちゃんは驚いたように目を見開く。

 あれ、違った?

 てっきり目が痛むのかと。


「ふんぬ!」

「げふぅ!」


 そしてなぜか珊瑚ちゃんに腹パンされた。

 え、なんで?

 別に全然痛くないとはいえ、あの憧れのお嬢様に腹パンされたんだけど。


 誰か理由を教えてください。

 やっぱりお嬢様の思考は平民には理解できないのでしょうか?

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