第49話 柑奈の過去②

 今、目の前にいるなずなさんが私の本物のお姉ちゃん。

 今までお姉ちゃんの代わりだった人が本物だった。


 でも今それを伝えるわけにはいかない。

 知られるわけにはいかない。


 なんでかわからないけど、お母さんはこのことをまだ隠しておきたいらしいから。

 お母さんに迷惑はかけたくないし。


「なずなさん、野球やってたんですね。なんか近くを通ったらなずなさんみたいな人を見かけたからもしかしてと思って」

「それで見に来てくれたの? 嬉しいなぁ」


「ちょっと見ててもいいですか?」

「うん! ぜひ見てってよ! 今日は私が投げる番だからね」


「なずなさん、ピッチャーなんですね」

「そうだよ~、これでもエースなんだから」


「すごいです」

「じゃあそろそろ行くね。お母さんもよかったら見ていってね」


「ええ、そうさせてもらうわね」


 なずなさんは私たちに手を振って戻っていく。

 グラウンドにはなずなさんの他にも、きれいだったり、かわいかったり、おっぱい大きい人が何人かいた。


 でも私の視線はなずなさんをロックオンし続ける。

 そこにキャッチャーの人が仲良さそうに話しかけていた。


 他の人の時とは違う雰囲気に、なんとなく胸がモヤッとする。

 あの人は私の敵かもしれない。


 試合が始まり、いきなりなずなさんが投げる姿を拝むことができた。

 なずなさんって左利きだったんだ……。

 ゆったりとしたフォームは見ていて美しく、背中に白い翼でも生えてるんじゃないかと思ってしまう。


 そして放たれたボールは、そのフォームからは想像できないような勢いでミットにむかっていった。

 バッターの人は全然見えていないのか、見当違いのところを振っている。


 正直、『プロじゃない野球なんて』と思ってなめていたかもしれない。

 私のお姉ちゃんの球は世界一だ!




 試合を見せてもらった数日後。

 河原でぼ~っと座っている私。

 頭に浮かぶのはなずなさんのことばかり。


 何となくここにいれば会えるんじゃないか、なんて根拠のないことを思っている。

 別に連絡をして会えばいいんだけど、相手は中学生だし、あんまりしつこくして嫌われたくない。


 そんなことを考えながらぼ~っとしていると、いきなり後ろから抱きしめられる。


「お姉ちゃん登場!」

「なずなさん……」


 本当に会えちゃった……。


「もうっ、お姉ちゃんって呼んでくれたっていいのに」

「それはちょっと……まだ……」


 でもこの人が本当のお姉ちゃんだったんだもんなぁ。


「まだってことは、いつかは呼んでくれるのかな?」

「えっと……、そのうちに……」


「おおっ、ついに柑奈ちゃんがデレデレに!」

「な、デレデレって何ですか……」


「違った?」

「別にデレてません、普通です」

「そうかな~?」


 なずなさんは笑顔のまま私の頭をなでまわす。

 同じことをお母さんがしてくれたこともあったけど、私はなずなさんの方が気持ちいいと思ってしまった。

 ごめん、お母さん。


 私がずっとなずなさんになでられていると、そこに誰かが走ってくる足音が聞こえた。

 通り過ぎていくのかと思っていたら、その人はなずなさんの知り合いだったみたいで声を掛けてくる。


「なずな! こんなところで何してるの?」

「かわいい女の子と遊んでるの」


「そういうのそろそろやめた方がいいよ? このまま大人になったら大変だよ?」

「大丈夫大丈夫! その頃にはちゃんとやめるから」


「本当かな……、絶対にやめられないと思うけど」

「その時はその時だよ」


 なずなさんはまったく気にした様子もなく、また私を後ろからぎゅっと抱きしめた。

 ふたつのやわらかいものが私の背中に当たって、思わず頬が緩みそうになる。


「まったくもう……。君、ごめんね、なずなが迷惑かけて」

「あ、いえ……」


「私は高城茜、なずなとは幼馴染なんだ」

「白河柑奈です……」


「へ~、なずなと同じ苗字だね!」


 幼馴染か……。

 ずっとなずなさんと一緒にいたってことだよね。


 本当なら妹である私だって、ずっとなずなさんと一緒にいられたはずなのに。

 そう思うと、この茜さんという人に嫉妬してしまいそうになる。


「柑奈ちゃんはね~、私の妹なんだよ!」

「え?」


 な、なんで?

 もしかしてなずなさん、私のこと知ってたの?

 と思ったらちょっと違ったらしい。


「またそんなこと言って……。ごめんね柑奈ちゃん、なずなはかわいい子を見つけるとすぐに妹にしたがるからさ」

「えへへ」

「まったくもう」


 そういうことか。

 私のことを知られてるのかと思って、ちょっとドキッとしてしまった。


 それと、なずなさんは私以外にも同じようなことをしているのか。

 想像するだけでもなんか嫌だな……。

 そんなことを思っていると、それが顔に出てしまったのか、茜さんに見透かされてしまった。


「ほら、なずな。妹ちゃんが嫉妬してるよ? あんまり他の女の子にちょっかい出さない方がいいんじゃない?」

「え~!? それ本当なの柑奈ちゃん!?」


 なずなさんが驚いたような顔をして、私の前にグイっと顔を寄せてくる。

 近い。

 私は顔を逸らしながら、なんとか表情を読まれないように無表情を心掛ける。


「嫉妬なんかしてません……」

「なんか怒ってる! 嫉妬してる~!」


 いやいや、怒ってなんかないし!

 なんか勝手に勘違いしてる。


「嫉妬してるってことは私のこと大好きってことだよね!」

「なっ、違います!」

「ええ!? そんな全力で否定しないで!?」


 あ、思わず違いますって言っちゃった……。

 そんなはずないのに。


「あはははは、なずな、フラれたね~」

「むむむ……、柑奈ちゃん攻略は簡単じゃないね」


 茜さんが笑って、なずなさんはブツブツとつぶやいていた。


「ふたりは仲良しなんですね」


 私がふとそう漏らすと、なずなさんが私の方を見て、ニコッと笑いながら言った。


「まあね、お母さんよりも一緒にいる時間長いからね」

「まあそうだよね。学校でも一緒だし、遊ぶ時も大体一緒。野球もやってるしね」


 それは羨ましい話だなぁ。

 私ももっと一緒にいたい。


 そんなことを考えていると、急に茜さんが私の頭をぽんぽんとなでてきた。

 不思議に思って顔をむけると、茜さんがニコッと笑ってくれる。


「あのさ、私とも仲良くしてくれると嬉しいな。私も妹とか欲しかったんだよね」

「え? えっと……」

「なんか柑奈ちゃんとは長い付き合いになりそうな気がするんだよね」


 そう言ってまたニコッと笑ってくれる。

 その笑顔は、なずなさんと似ているようで、また違う感じもした。

 茜さんに対してちょっと嫉妬してるところもあったけど、いつの間にかそんなものはなくなっていた。


「はい、よろしくお願いします」


 私がペコリとお辞儀をすると、茜さんはいきなり私を抱きしめてくる。


「う~ん、かわいい! なずなの妹にしておくのはもったいないね」

「あ~! ちょっと茜ちゃん! 私の妹になんてことしてるの!」


「私の妹にもなったんだよ~」

「も~!」


 なずなさんと茜さん。

 ふたりのお姉さんに囲まれて。

 私の、本当は寂しかった日常が終わりを告げ、新しい日常が始まったのだった。

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