第50話 柑奈の過去③

 あれから2年が経って、私は小学5年生になっていた。

 今日の私は茜ちゃんの家に遊びに来ている。

 なずなさんはきっとどこかで小学生でも追いかけているんだろう。


 今年から高校生のなずなさんと茜ちゃんだけど、ふたりは出会った頃からあまり変わった気がしない。

 気がしないだけで、ちゃんと成長はしているんだけど、頻繁に会っているとあまり気付かないものだ。


 でも私との関係は結構変わっている。

 私はどちらかというとなずなさんより茜ちゃんと一緒にいることが多くなった。

 別になずなさんのことが好きじゃなくなったとかじゃない。


 むしろ、ますます魅力的になっているなずなさんの近くにいると、ドキドキして落ち着かない。

 というわけで、自然と私は、やさしくて落ち着く茜ちゃんのそばにいるようになっていた。


 そしてそれ以外にも私と茜ちゃんには秘密の関係がある。


「茜ちゃん、今回はどんな感じ?」

「ふふふ、柑奈ちゃん、焦らない焦らない」


 茜ちゃんはスマホをPCへ繋ぎ、画像を壁に設置されている大型モニターに表示した。

 それはすべてなずなさんを撮った写真だった。


「おおっ、今回もいい感じ」

「でしょ? この盗撮っぽいアングルとか苦労したんだから」


「よくまわりにバレずに撮れたね」

「もちろんバレたよ。変な目で見られたけど、写真を分けてあげたら黙ってくれることになったから」

「さすが私のお姉ちゃん! 大人気!」


 そう、私は茜ちゃんに、なずなさんの実の妹だということを告白していた。

 自分から言ったわけじゃないけど、茜ちゃんに膝枕された時にうっかり漏らし、その後の追及をかわし切れなかったのだ。


 最初は驚いていたけど、すぐに信じてくれて、今は話せてよかったと思っている。

 なずなさんラブで共通していることもわかり、私たちはいいパートナーになった。

 学校での様子は私には見ることもできないので、こうして写真や動画を撮影してもらっている。


 いずれ私がなずなさんと一緒に住めるようになったら、今度は私が家での様子を撮影してプレゼントしよう。

 もらってばっかりじゃ悪いからね。


 他にも茜ちゃんには、勉強を見てもらったり、野球を教えてもらったりしている。

 もちろんそれはなずなさんも一緒だけど。


 なずなさんと違って、茜ちゃんと私に血のつながりはないけど、まるで本物のお姉ちゃんのように私は茜ちゃんを慕っている。

 本当にふたりと出会えてよかったと思う。


「さあさあ、本日のお宝はこの動画だよ」

「何々?」

「まあ見てなよ」


 茜ちゃんがとある動画ファイルをクリックする。

 すると、いきなり目の前には体操着姿のなずなさんが映し出された。


「おおっ、スパッツ最高!」


 私はついついガッツポーズをしてしまう。


「喜ぶのはまだ早いよ柑奈ちゃん。見てごらん」

「おおっ」


 なずなさんが今度は髪をくくってポニーテール姿となる。


「「ポニテ最高!!」」


 私と茜ちゃんは声をハモらせながら両手でハイタッチする。

 そして今度はグラウンドを走るなずなさんの姿。

 さすがにめちゃくちゃ速い。


 だけど、そんなことよりも私たちは別のところを見ていた。


「「おっぱ~い!!」」


 私たちは歓喜の声をあげながらのスタンディングオベーション。

 誰かに見られたらバカにしか思われないだろう。


 でも私は茜ちゃんとこのバカ騒ぎしている時間が大好きだった。

 一緒に共通の趣味で盛り上がれる時間を、私は今まであまり経験してこなかったから。


 そんな楽しい時間を過ごしていると、部屋にインターホンの音が聞こえてきた。


「もう、いいところだったのに」

「止めて待ってるね」

「うん、ありがと」


 茜ちゃんは部屋を出て階段を降りて行った。

 私は茜ちゃんの部屋をぐるっと見回す。

 部屋のあちこちにある茜ちゃんとなずなさんのツーショット写真。


 小さい頃からの思い出の写真なんだろう。

 私にもそんな思い出が欲しかったなぁなんて、叶いもしないことを最初の頃は思っていた。

 でも今は、今を大切に生きていくことを大事にしたいって思えるようになった。


 それにしても、この写真たち、数が多い。

 普通の親友や幼馴染だとこんなに何枚も飾っていないだろう。

 私にはそんな親友がいないので、詳しいことはわからないけど、こんな話は聞いたことがない。


 だがしかし、これでもまだギリギリセーフの範囲だと思う。

 別に部屋へなずなさんを入れても、なんとか親友大好きくらいでいける。

 だけど私の部屋は違う。


 私は茜ちゃんのベッドに飛び込んで仰向けになる。

 あ、茜ちゃんのにおいがする……。

 なんてそれはいいとして。


 私の部屋には壁や天井のあちこちになずなさんの写真が張り付けられている。

 それこそ本人なんか絶対に中には入れられないようなくらいに。


 まるでアニメのヤンデレキャラみたいだとは思う。

 でもやめられなかった。

 茜ちゃんを部屋にいれた時はさすがにドン引きされて、なぜか泣きながら抱きしめられたけど。


 自分の部屋を思い浮かべながら、茜ちゃんのベッドの上でゴロゴロしていると、急に階段を駆け上がってくる足音が聞こえた。

 茜ちゃんが勢いよく部屋に入ってくると、何かを言いかけてから、私を見ておとなしくなる。


「何してるの?」

「茜ちゃんのにおいをなずなさんのにおいと比べてる。茜ちゃん、結構いい勝負してるよ」


「あ、うん、ありがと……、じゃなくて大変なんだよ! なずなが来たの!」

「え……」


「早くその画面消して!」

「う、うん!」


 私たちは慌てて上映会を中止して後片付け。

 なずなさんを迎え入れる準備を済ませた。

 こういう時間も私は大好きだった。




 ……。

 そして月日は流れ、私がなずなさんと一緒に住む日がやってきた。

 お母さんと一緒に白河家の前に立つ。


「やっと一緒に暮らせるのね。きっかけはいいものじゃなかったけど、これからはずっと一緒だからね」

「うん」


 私たちが一緒に暮らすことになったのは、私の面倒を見てくれていたおばあちゃんが亡くなってしまったからだ。

 お葬式でなずなさんと会ったけど、あんまり驚いていなかった。

 私が実の妹だと伝えてはいないけど、もしかしたらとっくに気づいてたのかもしれない。


「さ、入って」

「うん」


 全然自分の家って気がしない玄関に入り、ぐるっと中を見回す。

 今日からここに住むのか。

 あんまり実感がわかない。


 でもなんだか、落ち着くにおいがする。

 私は誘われるようにリビングの扉を開いて中に入った。

 その瞬間、『パーン!!』とクラッカーの音が鳴る。


「……!?」

「いらっしゃ~い!」


「なずなさん……、なんでクラッカー?」

「え? 驚くかなって思って」

「それは驚くけど……」


 私が戸惑っていると、なずなさんは少しかがんで私の頭に手を置いてやさしくなでてくれる。

 それは私がずっと待ち望んでいた、お姉ちゃんのやさしさだった。


「えへへ、これからはずっと一緒だね、柑奈ちゃん」


 本当にこの人は……。

 いったいいつから知っていたのやら……。


「よろしく、……姉さん」

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