第40話 柑奈VS果南
「どう、私の勝ちですね」
「あ、うん……」
ひまわりちゃんは打たれたショックからか、気の抜けたような返事をしていた。
もしかしてあんまり打たれたことないのかな……。
ちょっと心配だった。
「お姉様! 私勝ちましたよ!」
「うん、すごかったね。もしかして野球やってたの?」
「そうですよ! 茜ちゃんが野球やってたから」
「そっか」
「茜ちゃんがキャッチャーやってるって聞いたから、私のボールを受けてもらおうと思って頑張って練習したんですから。まあ今はそんな理由じゃないですけどね」
「え、ていうことは、果南ちゃんはピッチャーなの?」
「はい!」
あんないいスイングができるということは、かなり野球がうまいんだろう。
その本職がピッチャーなんて。
同じピッチャーとしてちょっと興味あるなぁ。
「受けてみますか? 私の球」
「そうだね、見てみたいかな。ということで茜ちゃん、キャッチャーよろしく」
「ええ!?」
私は茜ちゃんにキャッチャーを任せて少し離れる。
そしてひまわりちゃんの隣にむかった。
「大丈夫?」
「あはは……、打たれちゃいましたね」
「気にしなくていいんじゃない? いきなりだったし、試合じゃないんだし」
「いや、でも……」
ひまわりちゃんはそこで言葉を止めてしまう。
たまにあるんだよね、直接対決すると、絶対的な実力差みたいなものを思い知らされることが。
そばで見てるよりもずっと確かなものを感じてしまったのかな。
「ひまわりちゃん、だったらなおさら目を背けちゃダメだよ」
「なずなさん……」
ひまわりちゃんが顔をあげる。
その前で果南ちゃんが投球フォームに入った。
「あ、左利きなのか」
さっき左打席に入ってたのは単純に左利きだったんだ。
そしてフォームは私やひまわりちゃんとそっくりなゆったりとしたフォームだった。
溜めた力を一気に解き放つように投げ込まれた球は、凄まじい音をたてながらミットに収まった。
それはひまわりちゃんや小学生の頃の私よりも速い球だったと思う。
左投手のこんなに速い球、小学生で打てる子はいるのだろうか。
目の前にいる果南ちゃんが、私や茜ちゃんを追い回していた変態果南ちゃんと同一人物とは思えなかった。
「どうですか、なずなさん! すごいでしょ!」
「あ、うん、すごいね」
「えへへ」
果南ちゃんはさっきまでまとっていた、まるで野球の王者みたいなオーラをとき、甘えん坊な小学生に戻っていた。
私の腕に抱きついて、にっこりと笑っている。
これだけ見たら嬉しい状況なんだけど、私はひまわりちゃんの様子が気になって仕方がなかった。
「私……、帰りますね……」
「あ、ひまわりちゃん!」
私が呼びかけても立ち止まることはなく、ひまわりちゃんは公園から走り去ってしまった。
「なずな、私も帰るね」
「あ、今日はいきなり呼び出してごめんね、ありがとう茜ちゃん」
「いいって、なずなのためだからね。それじゃ」
茜ちゃんは軽く手を振って帰っていった。
残されたのは私と果南ちゃんのふたりだけ。
「やっと、ふたりきりになれましたね」
「あはは……」
正直なところ、ひまわりちゃんのことが気になる。
でも果南ちゃんは別に何も悪いことはしてないしなぁ。
勝負自体もひまわりちゃんがけしかけたものだし。
今は約束通り、今夜果南ちゃんを抱き枕にして寝ないとね。
「では帰りましょうか、私たちの愛の巣へ」
「いや、ちゃんとお母さんと妹がいるからね?」
私は果南ちゃんに抱きつかれたまま帰宅した。
そのころには柑奈ちゃんも帰ってきていて、さっそく果南ちゃんと対面することになる。
「姉さん、誰その子。ついに女の子をさらってきちゃったの?」
「そんなわけないでしょ、茜ちゃんの従妹さんだよ」
「初めまして、若狭果南です。よろしくね、柑奈ちゃん」
「な、なんで私の名前を知ってるの?」
「GPSで」
「いやいやいや」
なんでもGPSって言えばいいってもんじゃないよ。
いったい何の関係があるのやら。
「果南ちゃんは柑奈ちゃんと同い年だからね。仲良くしてあげてね」
「は~い、よろしくね果南ちゃん」
「ええ、私は未来のお姉さんだから、末永くよろしくね」
「未来のお姉さん? どういうこと?」
「私たち、婚約したのよ」
「!?」
果南ちゃんの暴走発言を聞いて、柑奈ちゃんがすさまじい視線を私の方へむけてくる。
私は果南ちゃんから見えない位置でバッテンを作って首を左右に振った。
必死の様子が伝わったのか、柑奈ちゃんは小さく頷いて果南ちゃんに鋭い視線をむける。
「果南ちゃん、悪いけど姉さんは渡せないから」
「何言ってるの? 血のつながった姉妹は結婚なんてできないんだよ?」
「元々女の子同士の結婚なんだから、今さら血のつながりなんてどうでもいい!」
ヤバい、なんか私をおいてふたりがヒートアップしてる……。
ていうか、柑奈ちゃん、私との結婚まで考えてくれてたのか。
これは私も真剣に将来のことを考えないと……。
なんて考えてる場合じゃないか。
「帰ってきたばっかりで悪いけど、野球で勝負!」
柑奈ちゃんの手にはいつの間にかバットが握られていた。
いったいどこから……。
というか、またこの展開なの?
「受けて立つよ。ひまわりちゃんに勝った私にあなたが勝てるかな」
「ひまわりちゃんに勝ったくらいでいい気にならないで。あの子は私たち『ストライクガールズ』のナンバー2。上には上がいるんだよ」
す、ストライクガールズ……。
いつの間にそんなチームができてたんだろう。
私たちのいた『マイスイート・エンジェルズ』は無くなっちゃったのか……。
なんか親に反対される子が多かったんだよね……。
それより、あのひまわりちゃんがナンバー2?
じゃあナンバー1はいったい……。
この話の流れからすると柑奈ちゃん?
野球やってたんだ……。
「表に出ましょう、そこで白黒はっきりつけようじゃないの」
「いやいや、家の前は止めて? 危ないから」
「しょうがないですね、また公園まで行きましょうか」
「なんかごめんね~」
私たちは再び河川敷の公園まで移動することになった。
「1打席勝負でいいよね」
「いいよ」
勝負はひまわりちゃんの時と同じ方法になった。
ピッチャーは果南ちゃん、バッターは柑奈ちゃんだ。
「……姉さんはなんでネットの裏にいるの?」
「だって果南ちゃんの球、めちゃくちゃ速いんだよ?」
「キャッチャーやってくれないの?」
「茜ちゃんじゃないんだから、防具もなしであんなの受けられないよ!」
「まあいいけど」
柑奈ちゃんはバットを構えて打席に立つ。
しばらくして果南ちゃんが投球フォームに入り、あの球が投げ込まれる。
手加減などしない全力の投球。
小学生で打てるような球ではないと私は思っていた。
しかし、柑奈ちゃんはそんな球を初球で捉え、果南ちゃんの後方へ打ち返した。
完全にヒットになる当たりだ。
「嘘……」
「投げ方が姉さんにそっくり。姉さんの劣化版。それじゃあ私には通用しない」
「ぐぬぬぬ……」
「それじゃあ果南ちゃん、私の言うことをひとつ聞いてもらうからね」
「え、そんな約束してない……」
「うん、してない。でもこれが常識」
「た、確かに……」
納得しちゃった!?
私、そんな常識初めて聞いたよ。
「で、私に何をさせる気?」
「三人で一緒にお風呂に入る」
「ふん、まあそれくらいなら……」
うん? 三人?
私、巻き込まれてる!?
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