第39話 1打席勝負
バッティングセンターを出た私は、そのままひまわりちゃんをお持ち帰りして家まで戻ってきた。
「みんな留守なんですね」
「そうだね。ひまわりちゃん、先に私の部屋に行ってて。飲み物持っていくから」
「ありがとうございま~す」
キッチンで冷たい麦茶を用意し、私も自分の部屋へむかう。
ドアを開けると、ひまわりちゃんは私のベッドに寝転んで顔をうずめていた。
「ひまわりちゃ~ん、お茶持ってきたよ~」
「は~い」
テーブルにお茶を置くと、ひまわりちゃんがベッドから降りてきて一口飲む。
「お布団から甘いにおいがしましたよ」
「え、なにそれ」
「きっとなずなさんからにじみ出るフェロモンみたいなものですよ」
「やだ、怖い」
よくいろんな人からにおいのこと言われるんだけど、まさか本当にフェロモンだというのか。
いや、フェロモンは無臭だと聞いたことがある。
それじゃあみんなの言うにおいって何?
……ダメだ、わからない。
不快でないのなら放っておいてもいいか。
「そういえばひまわりちゃんからは太陽のにおいがする気が」
「え、私におうの?」
「私は好きだよ、ひまわりちゃんのにおい」
「私もなずなさんのにおいは好きです!」
「ひまわりちゃん……」
「なずなさん……」
「ひまわりちゃん!」
「なずなさん!」
『ピンポーン』
「「!?」」
まさに私とひまわりちゃんが抱き合おうとした瞬間。
誰かに見られてるのかというタイミングでインターホンが鳴った。
「もう、いいところだったのに……」
「む~」
「ちょっと出てくるね」
「は~い」
残念そうなひまわりちゃんを部屋に残し、私はリビングへとむかう。
ドアホンのモニターを見ると、そこに映っていたのはなんと果南ちゃんだった。
見間違いかと思ったけど、間違いない。
なんでこんなところにいるんだ……。
私は急いで玄関にむかい、扉を開く。
「か、果南ちゃん?」
「お姉様! えへへ、来ちゃった」
素敵でかわいい笑顔とともに、キュンキュンするような言葉を言ってくれたけど、私の中では若干恐怖が上回っていた。
「えっと、どうやってここが……」
「スマホのGPS」
「嘘でしょ!?」
「嘘に決まってますよ~。言ったじゃないですか、親戚のお姉さんに茜ちゃんの写真を撮ってもらってたって」
「もしかしてその人に?」
「はい! ばっちりお姉さまとお知り合いだったので」
「そ、そうなんだ……」
私の知り合いで、しかも私の家を知ってる人なんて結構限られてくるんだけどなぁ……。
……珊瑚ちゃんの確率、80%。
「お姉様、お家にあがらせてもらってもいいですか?」
「ああ、そうだね、こんなところで立ち話もなんだし……」
でも部屋にはひまわりちゃんがいるしなぁ。
ああ、私とひまわりちゃんのラブラブタイムが~。
私はしょんぼりしながら果南ちゃんを自分の部屋へと連れていく。
「あ、なずなさん遅かったですね……」
私の方に振りむいたひまわりちゃんと果南ちゃんの視線がぶつかった。
一瞬時間が止まった気がする。
「なずなさん、その子は……? 見たことない子ですけど」
「えっとね、茜ちゃんの従妹さんでね。この前の旅行中に知り合ったんだ」
「え、なんでそんな子がここに?」
「私に会いに来てくれたみたいで……」
「あんなところからわざわざ!?」
ひまわりちゃんが果南ちゃんを警戒するような目で見る。
一方の果南ちゃんは、私にとっては初めて見る落ち着いた笑顔をひまわりちゃんに返していた。
その笑顔にひまわりちゃんはひるんでいるように見える。
「お姉様、せっかくですから何かで遊びましょう」
「あ、そうだね。ゲームでもする?」
「はいっ、ゲームは大好きです!」
果南ちゃんがぴょんと私の腕に抱きついてくる。
その姿を見たひまわりちゃんはショックを受けたように放心していた。
しかし、すぐに気を取り直すと、ひまわりちゃんも私の前にぴょんと跳んでくる。
「なずなさん、野球しましょう!」
「え、野球?」
「そうです、私となずなさんの共通の趣味ですから。果南ちゃんにもぜひこの楽しさを知ってもらいましょう」
なんかいい話っぽく言ってるけど、自分の得意分野に持ち込んでいいところ見せようとしている気がするよ。
「どうする果南ちゃん」
「私はいいですよ」
「じゃあ河川敷の公園に行こっか」
「はい」
なんだか急に野球することになっちゃったけど、うまく私から話題がそれて助かったかも。
あのまま部屋にいたら、どれだけ精神をすり減らすことになったかわからないからね。
公園に着いた私たちは、野球道具の前でどうやって遊ぶか考えていた。
「そうだ、えっと、おまわりちゃん……でしたよね?」
「ひまわりだよ!」
「ああ、ごめんなさいひまわりちゃん」
「別にいいけど、で、何?」
「私と勝負しませんか」
「勝負?」
「1打席勝負。あなたが投手をやって、私が打席に入るから、ヒット性の当たりが出たら私の勝ちということで」
ひいい、なんかふたりが争ってる~!
でもひまわりちゃんの球を小学生が簡単に打てるわけがない。
なんで果南ちゃんはこんなに自信満々なんだ?
もしかして経験者とか……?
「勝った方が、今日なずなさんと一緒に寝て抱き枕になれるっていうのはどう!」
「なんで私巻き込まれてるの!?」
まあ別に嫌じゃないけどさ。
むしろひまわりちゃんが勝ったら最高のご褒美になっちゃうよ?
ちょっと柑奈ちゃんには何か言われそうだけどね。
そうだ、今のうちに茜ちゃんを呼んでおこう。
何が起こるかわからないしね。
私はスマホを取り出し、茜ちゃんに電話をかける。
「あ、茜ちゃん、ちょっとすぐ来て欲しいんだけど大丈夫かな?」
「よくわからないけどわかったよ」
「ありがとう」
そんな短い通話を終了してから、私はすぐ現在地を言ってなかったことに気づいた。
「やっちゃった、かけ直さないと」
「なずな、来たよ!」
「早っ! ていうかなんでここがわかったの?」
「GPS!」
「またそのネタ!?」
「冗談だよ~、本当はなずなの後をつけまわしてたからに決まってるじゃない」
「それは冗談じゃないの!?」
茜ちゃんがどんどん道を踏み外していく……。
もう茜ちゃんは普通の女子高生には戻れないのかもしれないね。
「あれ、どうして茜ちゃんがここにいるの?」
果南ちゃんが茜ちゃんを見て言った。
とても自然な笑顔だったから、この前の件でふたりの仲が壊れたりとかはしてないみたいだ。
よかったよかった。
「なずなのいるところ、私あり! だよ」
「ふ~ん、まあ、そんなこと言ってられるのも今のうちだよ。でもまずはあの子からだけどね」
果南ちゃんがバットを握り、ひまわりちゃんにむける。
「じゃあ、私がキャッチャーやってあげるね」
茜ちゃんはキャッチャーミットだけをつけて果南ちゃんの後ろへ回る。
小学生の頃から、ずっと私の球を捕り続けてきた茜ちゃんなら、あのひまわりちゃんの球を捕ることはむずかしくないと思う。
とりあえず私は危なくないように少し離れて観戦することにした。
「いつでもいいよ~」
茜ちゃんの声で果南ちゃんはバットを握り直して構える。
ひまわりちゃんは一度深呼吸をしてから投球フォームに入った。
ゆったりとしたフォームから放たれた球は、すごい勢いでキャッチャーミットに収まる。
「ナイスボール!」
「ふ~ん、結構いい球投げるんだね」
ひまわりちゃんの球はいきなり投げた割にはかなりのスピードが出た球だった。
でもそれを見ても、果南ちゃんは余裕の態度を崩さない。
これはもしかするかもしれない……。
ひまわりちゃんは再び投球フォームに入り、2投目。
今度は内角の低めギリギリくらいのところに、さっきより勢いの乗った球が投げ込まれる。
しかし。
「ふん」
果南ちゃんは、見ていて気持ちいいくらいのきれいなスイングでボールを捉え、打球ははるか後方まで飛んでいった。
もしちゃんとしたグラウンドでやっていたら、ライナー性のホームランだっただろう。
打たれたひまわりちゃんはただ茫然とその打球を見送っていた。
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